『落とし穴』-1
一人で帰るのも、久しぶりだ。石原の奴、いきなりだからな。
『悪い、義友。今日からは一緒にかえれねぇ。』
家が近いということもあり、一緒に下校していた友達の石原が、今日の放課後に言った。
どうしてか、なんて聞かなくても分かる。その隣の井澄の顔を見れば。
でも驚いたな。まさかあの二人が付き合うことになるとは。井澄が石原のことを好きなのは知っていたけど、石原のほうは『女なんて面倒くさい』なんて言ってたのに。
どんな心境の変化なんだか。まったく、青春だね。
しかし、恋愛というのはそんなに楽しいものなのか?気付けば周りの奴は男も女もみんな『彼女が欲しい』だの『彼氏が欲しい』だのと言っている。俺は別に、そうは思わない。(少し前の石原が言っていたように)男女関係なんて面倒くさそうだと思うし、俺は男も女も関係なくみんな友達でいいと思うんだけどな。そんなふうに考える俺って、ガキなのかなぁ。…なんて、そんなこと考えたってしょうがないか。
少し遠回りをして帰ろうか。なんとなくそう思って、いつもは真っ直ぐ進む道を、右に曲がった。
いつもと違う道って、なんだか意味も無くワクワクする。曲がり角ひとつしか違わないのに、普段あまり通らないこの道を歩いていると、別の町に来たみたいだ。歩道の広さも、建物が切り取る空の形も違う。
少し歩いたところで、公園をみつけた。滑り台と、鉄棒と、それとブランコがあるだけの小さな公園だった。
何の気無しに公園の中を覗くと、人影を一つ見つけた。女だ。しかも、ウチの学校の制服を着ている。その女は一人ブランコを小さく揺らしながら、寂しげにうなだれていた。昼間と夕方のちょうど中間くらいの、少し活気の薄れた光の漂う公園、細かく揺れるブランコのキィ、キィ、という小さな音が、公園中に大きく響いている。まるで人工的に作られたかのような悲愴感が、そこにはあった。まるで陳腐なドラマのワンシーンみたいだな、と俺は思った。ついさっき、好きだった人に振られ、悲しみに暮れるヒロイン。そんなシーン。いつの間にか、俺は足を止め、そのシーンに見入ってしまっていた。そして止めた足の向きを、90度変えてまた動かし、そのドラマのワンシーンの景色の中に入って行った。俺の役は、ヒロインを励ます友達ってところかな。実際、寂しげにブランコを漕いでいた傷心のヒロイン役は、仲のいいクラスメイトだったからだ。
俺はブランコまで歩いていき、声をかけた。
「よう、砂山。どうしたん?こんなところで。」
話しかけられてようやく俺の存在に気付いた彼女、砂山葵(さやまあおい)は少し驚いた様子で俺を見上げた。
「なんだ、奈良か。」
「なんだってこともないだろうよ。」
俺は隣のブランコに座った。座る板が狭くて窮屈だ。「こんなところに公園あったんだな、知らなかった。」
足を振ってブランコを漕ぎながら俺は言った。
「いつもここ通ってるんじゃないの?」
「いや、今日はたまたま遠回りしてみただけ。」
「ふーん、変なの。」
ブランコ徐々に勢いがつき始め、ふり幅が大きくなってきた。公園に響く音がキィ、キィという音からギィ、ギィという騒がしい音に変わった。
「砂山は?毎日ブランコ漕いでんの?そんな寂しそうにして。」
「まさか。今日だけよ。」なんとなく力無い声で答える。
「じゃあ今日は何で?何か嫌なことでもあったん?例えばフラれたとか。」
「あんた、デリカシー無いね。」
「そこがいいところだってよく言われるけど。」
「知ってる。それ言ったの私だもん。」
俺は足を踏ん張ってブランコの揺れを止めた。ブランコが発する音がまた小さくなる。
キィ、キィ…
「…今日さぁ」
砂山がゆっくりと話し始めた。
「私、告白したんだ、村上君に。」
村上か。そういえば砂山は村上のことが好きだって聞いたことがあったな。
「でね、まぁ奈良の推理どおり、振られてしまったわけなのよ。」
「それで落ち込んで、こんなところでドラマのワンシーンを繰り広げてたわけだ。」
「ドラマ?」
「なんかさ、遠くから見ると、男に振られて悲しむヒロインの図。ってな感じの雰囲気がすごく出てたわけよ。結構視聴率取れそうな絵だったな。」
「ふーん。それじゃそのドラマはバッドエンディングなんだ。主人公の私としてはハッピーエンドのほうがいいなぁ。」
「まだわかんないさ、今回は最終回じゃなくてまだ全十二回中の第六回のあたりなのかもしれないし、これからまたハッピーエンドに向かっていく可能性もあるさ。」
俺はもう一度足を振ってブランコに勢いをつけた。