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「鬼と姫君」
【ファンタジー 恋愛小説】

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「鬼と姫君」3章A-1

陰陽師の男が、案内に遣わしたのは真っ白な毛並みの犬だった。

翌朝、右馬佐は決意通り、上からの返答を待たず、手勢の十数名で屋敷を出た。
夜も明けきらぬうちに集められた手下たちは不承不承といった様子だったが、先をゆく獣は少しの迷いもなくすいすいと進む。


犬に従って歩んでいると、かわらぬ速度で進んでいるにもかかわらず、周りの風景が後へ後へと流れていく。
まるで凄い速さで進んでいるかのようにするすると景色が変わる。

これもまた陰陽師の不思議な力か、それとも輝くような白い毛並みをなびかせながら進む犬の仕業か―…。

いずれにせよ、空が白み、日が上りきる頃には、一行はある山の麓に辿り着いてしまっていた。


犬は躊躇なく、深山へ分け入る。
何故か、さしたる疲れも覚えていない右馬佐たちも後へ従った。

玖珂山がどの辺りに位置するのか、京の都から近いのか否かさえ検討もつかなかった。


麓にはささやかな集落が広がり、煮炊きの煙が慎ましく上っている。
しかし、足を踏み入れた山は木々で鬱蒼とし、まさに人跡未踏の体をなしていた。


深い緑の匂いが立ち込め、清浄な空気に満ちている。
早朝の山は森閑としており、そのくせ生きものの気配に満ちていた。

朝靄が俄に立ち込め、辺りはぼんやりと白い世界になる。
方向感覚はとうに失われ、それでも犬に従って進む。

何故これほどの思いをして、女一人を連れ戻そうとするのか。
そもそも、安擦使の大納言の姫君をこれほどまでに想っていただろうか―。

枯葉が堆積し、ふかふかとした土を踏みしめながらそのようなことを考えるが、依然として右馬佐の頭は晴れない霧に覆われ、全てを曖昧にしている。


ふと犬が歩みを止めた。

そこは相変わらず鬱蒼とした木々の中にあり、これまで歩んできた場所と何ら変わらない風景を広げていた。

犬はじっと右馬佐たちが来るのを待っており、その毛並とは対照的な黒々とした瞳は、何か物言いた気で、静かに右馬佐を見つめている。

ここが、鬼の住処だろうか―。

しかし辺りを見渡してもめぼしいところは見つけられない。
訝しく思っていると、犬がひょいと、ある木立の中に入り込んだ。

後に従って木々の間を分け入ると、繁った葉に隠された大きな一枚ものの岩がそこにあった。


まるで此処だと言わんばかりに、犬が鳴いた。



夢うつつに聞こえた犬の声で目覚めた姫君は、鬼灯丸の腕の中にいた。

もう会えないのならと、寝ずにとっくりと鬼灯丸を眺めて、忘れぬよう全てを頭に刻みつけておこうと決めたのだが―。


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