七夕-1
僕は流れる景色を眺めていた。線のように窓につく雨、流れる水のごとく変わりゆく景色。それを眺めていた。いや、眺めていた、という表現は正しくないだろう。ただ見ていたに過ぎない。物思いに耽る理由として……。
今日七月七日は七夕。彦星と織姫が唯一逢うことの出来る日。まるで僕達をそのまま移したようだった。僕と彼女は遠距離恋愛をしていた。僕は東京、彼女は青森。すぐに逢えそうで逢えない距離。それがもどかしかった。だから、今日僕は会社に休みをもらった。彼女に逢いに行くために……。
七月七日に降る雨を『催涙雨(さいるいう)』といい、彦星と織姫が流す涙らしい。一年に一回逢える喜びから流す涙、だと自分で勝手に解釈していた。そんなことを、彼女に言うとカッコつけすぎと怒られてしまうだろう。だが、今はそんな怒られることさえもいとおしく思う。
『まもなく青森駅です。お忘れ物ないようにお気を付けください』
アナウンスが流れた。簡単な荷物を背負い、ホームに降りる。そこに案の定というか、やはりというか、彼女が居た。
「お帰り!」
彼女が笑顔で言った。久しぶりの再会。今すぐ抱きしめたかった。だが、――友達には、抱きしめてやれよ! と言われたが――人目もあるので、僕も笑った。
「ただいま!」
並んで歩きだす。彼女の背がこんなにも小さいのか。それを改めて感じた。
「ねえ」
僕が意を決して言った。彼女に逢いに来たのには理由があった。たった一つだけ。
「なぁに?」
彼女が怪訝そうに言った。
「気の利いた言葉とか場所じゃなくて悪いんだけど、僕と結婚してくれないか?」
彼女の気持ちが揺るがないうちに、僕はプロポーズした。ポケットから指輪をだし、彼女に渡す。それだけの行為なのに心臓の鼓動が早くなり、心臓が飛び出しそうになる。彼女はプロポーズをうけてくれるだろうか。たちまち不安が全身に包まれる。
時間が長く感じる。一秒が一分に、十秒が二十分に、二十秒が三十分のように感じる。僕と彼女の間には沈黙しかなかった。
「うん!」
彼女はまた笑顔で頷いてくれた。心のなかで、やった! と叫んだ。そして、東京に来る前のことを思い出した。
青森に帰る前、東京のアパートに願いを書いた短冊を置いてきた。願いはたった一つ。
【彼女が僕のプロポーズを受けてくれますように】
『七夕』
End
『雑談BBS・1192作ろう小説で!・参加作品』