『六月の或る日に。2』-12
「……ずっと、一緒にいて欲しかったよ。あたしが、どんなに馬鹿でも、夏樹といるのが、どんなに寂しくても………。あたしは、夏樹と一緒にいたかった。」
多分、初めて言う、夏樹への気持ち。
あたしの精一杯の、五年半分の、夏樹への恋心。
「……でも、何でかな。あたし、わかってたんだ。……いつかこうなるって、きっと。」
そう、わかってた。
ずっと前から。
「なのに、あたし何も出来なかった。いつも夏樹から何か貰うばっかりで…、何も。何をしていいかもわからなかった。
…そんなあたしが、夏樹の前で泣くなんて、許されないって思った。」
これ以上、夏樹に甘えるなんて、許されない。
「……俺、は…。」
夏樹が、戸惑いがちに声を発した。
「俺は…、春美に泣いて欲しかった。そしたら、怒れるし、喧嘩だって出来るし、抱き締めてやれる。……そしたら、お前を手放さなくて済む。そう思ってた。」
「………ん。」
「でも…、そう思えば思うほど、どんどん重くなってくんだ。……お前に対しても、俺自身も。耐えられなくなったんだ。」
優しい夏樹が、耐えられなくなるほどの、重さ。それを思うと、自分自身をひっぱたいてやりたい衝動にかられた。
「会えば、やっぱり好きだって思っちまう。でも、もう前のように戻れないってわかってた。傍にいても、春美をすげー遠くに感じるから。」
それは、あたしも同じだった。
「…頼ってくれたら、良かったんだ。仕事で忙しいなら、会えないってキッパリ言ってくれても良かった。とにかく俺には、そのまんま全部預けて欲しかったんだ。」
……でもあたしはーーー。
「けどお前は、どんどん強くなろうとする。俺から離れてさ。……俺の存在意義って何だろうって考えたんだ。」
でも、夏樹ーー。
「夏樹は、あたしのためのものじゃないよ。」
夏樹はハッとしたように目を見開いた。
「夏樹には、あたしのためじゃなくて、自分のために生きて欲しかったの。その上で、あたしを必要として欲しかった。」
あたしを、自分の存在意義になんてしないで。
あたしを、生きる理由になんてしないで。
あたしは、夏樹の『恋人』なんだよ。
夏樹は、戸惑ったように顔を背けた。
今初めて、何かに気付いたように。
「俺…ーーー、バカだな…。」
やがて、夏樹はぽつりと、力なくそう言った。
涙が一筋、落ちたのがわかった。