エンジェル・ダストLast-9
千代田区霞ヶ関。
「おクルマの準備が出来ました」
執務室に腰掛ける中西幸一の元に運転手が迎えに訪れた。
「分かった。すぐに行く」
中西は帰り支度を整えながら、部下を呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
現れたのは他省でいう局長クラスの男だった。
「私に連絡は入ってなかったかね?」
「いえ、連絡は無かったですが…」
「そうか。もういいよ」
男の答えに、中西は小さく頷き席を立った。
佐藤と田中は、常にプロジェクトの要所々を連絡してきた。
最近では、懐柔策を使って対抗勢力の封じ込めを行うために、使途不明金の利用許可を頼んできたところだ。
ところが、それから10日。
密な報告をしていた2人から、急に連絡が入らなくなった。
中西としては、状況がどうなっているのか確認したかった。
エレベーターにて地下駐車場に出ると、磨き込まれた黒のセンチュリーが彼を待っていた。
運転手は、クルマの前方部の安全を確認しつつ後頭ドアを開いた。──ショーファー・ドリブンとしての心得だ。
バックシートに乗り込む中西。運転手は敬々しくドアを閉め、後部安全を確認して運転席に乗り込むと、ゆるゆるとセンチュリーを発進させた。
地上の景観はすでに茜色に変わっている。少しづつ増えだした交通量は、中西を苛立たせた。
「まったく…こっちに来る度に、この混雑にはうんざりするな」
普段は防衛省中央司令部を拠点とする中西にすれば、中央官庁へ向かうのは苦痛なのだろう。
そのことを知っている運転手は、迂回路を探してクルマを走らせる。
そして30分後、中西の住むマンションに到着した。
バックシートから降りた中西に運転手が声を掛けた。
「…では、明日は30分遅れで?」
「ああ、明日はいつも通りだ」
そう云うと、マンション入口へと歩きだした。
中西に一礼した運転手は、クルマに乗り込み発進させた。
中西が入口扉に差し掛かる。その時、背後から近寄る気配がした。
「中西次官…」
聞いたことの無い声。中西は振り返った。
「おまえ達は?」
疑問の声をあげる中西。
黒づくめの服装とマンションの影が相まって、細身のシルエットだけしか判らない。
「佐藤氏からの伝言を持ってまいりました」
男の言葉に中西の目が輝いた。