エンジェル・ダストLast-2
「あ…あわわわわ…」
目の前で起きた惨劇に、田中は腰が抜けて床にへたり込む。その目からは、涙が溢れていた。
「さて…答えてもらおうか」
佐藤を殺害した恭一は、無表情のまま田中に歩み寄る。──慈悲の気持ちなど、欠片も無い。
「ま、まて…オレを殺せば、防衛省だけでなく、警察庁も動くんだぞッ」
必死のあがき。しかし、恭一は動じた様子も無い。
「おまえ、ここを何処だと思ってるんだ?」
忠告なぞ聞いていない。逆に、嘲り笑うような目を田中に向けた。
「ここは李海環のテリトリーだ。今頃、おまえ等のクルマはナンバーが外されて、中国船の貨物に積まれて処分されている。
それにおまえ等自身も、切り刻まれて離れた場所に捨てられるか、下水に流されるんだ。
たとえ警察が入ったとしても、ここの連中は箝口令をしいたように誰も喋りはしない。李の影響力でな。
だからおまえ等は、この地で朽ち果てて忘れ去られるのさ」
恭一は、さげすむように笑い、革の手袋を着けた。
「さあ、頑張れよ。おまえから聞き出す手段はいくらでもあるんだからな」
そう云うと、下に置いてあった小さなバッグを取った。
「チ〇ペンタール、アン〇ェタミン、マリ〇ァナ、L〇D…麻薬から幻覚剤、覚醒剤。おまえのために用意してやったんだ」
「や…止めろ…待て…た、助けてくれ」
身体を引きずり、逃げようとする田中。その表情は、もはや官僚のスマートさなど無い。
サングラスを外した顔は、幼子のように涙と鼻水でグシャグシャだ。
「じゃあ喋れ…おまえの防衛省内での所属部署と、──このプロジェクト─の実行者は?」
「そ、それは…」
田中の顔が蒼白に変わった。それを云えば自身が消される。
「この期に及んで義理立てするとは、バカというか忠誠心の鑑というか…」
恭一は田中の襟首を掴むと、持っていた注射器を肩に射した。
チオ〇ンタール。──別名、真実の血清。
そこから10分。恭一は正確に時間を測った。
「オチたな…」
しゃがみ込み、頭を垂れる田中。恭一は、髪を鷲掴みにして表情を見た。
田中は白眼を剥き、恍惚の表情で涎を垂れていた。
「…田中。リラックスしろ。ここにはおまえの味方しか居ない」
恭一の言葉に田中は頷く。
「では、質問を始めよう。君の所属は?」
質問に対し田中は躊躇う。──身体に染み込んだ拒否反応─が、欲求を抑える。
「田中。ここにおまえの敵は誰も居ない。皆んな味方だ。だから喋っても、誰も云いつけたりしない」
長い沈黙の間、心の中では葛藤が繰り広げられる。──クスリによって喋りたい心と恐怖心が。
田中が黙って約5分、恭一は再び同じ質問を繰り返した。