エンジェル・ダストLast-11
「……では教授、今度の展望としては?」
「そうですね。何とか10年後を目処に実用化したいですね。
そうすれば、多くのガン患者を助けられますから」
男の志溢れる言葉に、中島は笑いそうになるのを堪える。
互いがリラックスした雰囲気になった時、中島は世間話でもするように男に聞いた。
「そう云えば、教授はなんでも、親子2代で東都大学の教授だとか?」
中島の言葉に、にこやかだった男の顔が一瞬、強張った。
「よく…ご存じですね」
「まあ、一応のチェックですから」
中島の表情がわずかに変わった。──蔑むような目に。
「昭和18年、あなたのお父様である清隼氏は東都大学で防疫学を学ばれて、その年に当時の満州、平房──ハルビン─にあった旧日本軍の特殊部隊に席を置かれていたとか…」
途端に男の顔がかすかに赤くなった。
「ちょっと待ちたまえッ。今の話は、私への取材がどう繋がるのかね」
「怒ってらっしゃるんですか?」
「そうじゃないッ。私への取材と父親の過去に、なんの関連があるのかと聞いてるんだ」
男は冷静を保とうとする。が、その目は怒りでつり上がっていた。
「清隼氏は、同じ東都大学出身であり理学博士である八〇澤少佐の計らいもあり、少佐の研究班に配属となった。
そして終戦までの間、コレラや腸チフス、ペスト、炭疽菌など、毒性の強い細菌の研究を行っていた…」
「いい加減にしろッ!」
「どうしたんです?恐い顔して」
中島は意外とでも云いたげな顔で男を見た。
その、あまりの無礼な態度に、男の我慢が切れた。
「当たり前だろうッ!あの頃は軍の統制下にあったんだ。
親父は強制から仕方なくやっていたんだ」
男は声を荒げて反論する。
そんな様子を中島は冷ややかに見つめている。
「仕方なく?しかし、あなたのお父様は戦後、数々の伝染病に対する論文を発表された。
それも動物実験の成果じゃない。あたかも人間が使われた実験だと云わんばかりのね」
その瞬間、真っ赤だった男の顔色が蒼白に変わった。
「貴様らに喋る事柄は無いッ!とっとと消え失せろ」
怒り狂った男の態度。中島は深く息を吐いて視線を対峙させた。
「そこまで嫌われたのなら帰ります。しかし、私が申し上げたことはすべてウラを取った事実です。
あなたのお父様は、人間を実験体として伝染病の研究を行い、その成果を金と名誉に変えたんですよ」
云い終えた瞬間、男の手から金属製の灰皿が中島めがけて投げられた。
中島とカメラマンは、慌てて部屋を飛び出すと研究棟を後にした。
大学の駐車場に停めたクルマに乗り込む中島とカメラマン。
「なあ、あんなに追い込む必要があったのか?」
カメラマンの男は、付けヒゲと長髪のカツラを脱いだ。──五島英二─が現れた。