「鬼と姫君」3章@-2
右馬佐は陰陽師の男に言われた通り、上訴し、鬼の討伐を願い出ていた。
しかしそれが許可されずとも、自分の手勢を集め鬼を討つつもりでいた。
幸い、姫の父君の安擦使の大納言も涙ながらに娘を連れ戻して欲しいと右馬佐に訴え、助力は惜しまない覚悟だ。
右馬佐は今まで数度しか触れたことのない、弓矢を家人に持ってこさせた。
この湧き立つような強い思いはなんだろう。
しかし、その思いは情熱を秘めた赤く雄々しい色ではなく、どろどろと粘性を帯びた、ぬばたまのように暗い感情だった。
どうしても二人を見つけねばならない。
最早、姫が愛しくて連れ戻したいのか、恥辱を受けた腹いせに鬼を討ちたいのか、右馬佐には分からなくなっていた。
頭は重く、夕立前に垂れ込める厚い曇がかかっているようだ。
陰陽師が寄越した紙切れが奇声をあげて笑ったかのように聞こえた。
「今…何と申されたのか」
姫は呆然と呟いた。
聞き間違いのはずはなかったが、尋ねぬわけにはいかなかった。
「姫を妻に迎えるために、ここへ連れて参ったのではない」
囁くように押さえた鬼灯丸の残酷な言葉に、姫は一瞬呼吸を忘れた。
遠いあの日。
幼いながらに、もう会わぬと決めたではないか。
けれど、意に沿わぬ結婚に悲しむ姫の姿を鬼灯丸はみていられなくなったのだ―。
「あの男の言う通りであった。俺は姫に何も与えることができない。そればかりか、このような山の奥ではさぞ生き難いだろう」
「何も入りませぬ。妻にとも望んでおりませぬ。ただ、側にいたいのです。鬼灯丸、わたくしの望みはそれだけです」
「人と我々は交わっては生きてはゆけぬ。姫は里で人の中で生きてゆくのがよいのだ」
「何が幸せかは自分で決めます」
潤み始めた強い視線を鬼灯丸にひたと合わせる。
その視線に堪えられなかった鬼灯丸は逃れるように瞳を逸らした。
「そなたが怖ろしい。姫が死んでしまうのが怖ろしい。里で暮らせば、せめてここよりは長く生きることができるであろう」
共に過ごさぬとも、どこかで生きてさえいてくたら―。
それだけで良かったはずなのだ。