魔性の仔C-4
「この子は、私のために今のような状況に陥っています。だったら、なんとかして治してやるのが私の責任ですから」
「刈谷さん…」
刈谷の気持ちに感銘を受ける中尊寺。
と、その時、彼の携帯が鳴った。
「失礼します」
刈谷は2人から離れてディスプレイを見た。──早紀からだ。
「もしもし…刈谷だが」
受話器から聞こえた刈谷の声。戸惑いから、早紀の口調がわずかに上ずる。
「私です。早紀です」
刈谷の方も、気まずさから流暢に喋れない。
「ああ、どうしたんだ?」
「あの…先生の状態は…大丈夫なんですか?」
「…先ほど、検査を終えて大丈夫だった。ところで何か用か?」
刈谷の声に、早紀はしばらく躊躇いの沈黙をみせて、
「その…先生の進み具合を…編集長が知りたがってます」
「ああ、連絡をしなくて悪かったな。今は全体の1割と云ったところかな。
ただ、このまま進むかは分からない。流れは変わらなくても、話を変える可能性はあるからな」
早紀の声を聞くうち、刈谷の中で気まずさを仕事への思いが上回った。
真剣さ漂う声で中尊寺の状況を、彼女の執筆に支障を与えないように語った。
「そうすると、原稿の上がりは予定通りなんですね」
「そうだ。ヘタすりゃ数日遅れるかも知れん。だから、プロットの内容からカバーの準備に掛ってくれ」
事務的な互いの会話が続く。
「じゃあ、これで準備しておきます。出来上がり次第、先生に見てもらいましょう」
早紀がそう云った後、刈谷は思いを吐き出すように語った。
「この間、すまなかった…」
受話器から聞いた早紀。彼女は長い沈黙の後、ひと言喋った。
「気にしてませんから…」
その顔は、悲しみを堪えていた。