魔性の仔C-3
「も、申し訳ありません…」
厳しい言葉に頭を下げる早紀。だが、大崎はそんな彼女を見たくなかった。
大崎は先ほどとは違う、静かな語り口で早紀に云った。
「おまえのプライベートがどうとか、オレには関係ないし知りたくもねえよ。
だがな、云われた仕事はこなせ。それが出来ないなら辞めろ」
冷たく、突き離す大崎。
早紀にとって、こんな大崎を見るのは初めてだ。
早紀は大崎ほど破天荒な男を知らない。同時にプロフェッショナルな男も知らない。
不惑を迎えて未だ独身。
ネオン街をこよなく愛し、いつも明け方まで浴びるように飲む。
そのうえ、無類の女好き。そこそこのルックスと独身であることが幸いしてか、何人もの女と──ただならぬ仲─になった。
それ故、度重なる問題を起こしている。
付き合っていた女が会社に乗り込み、騒ぎを起こしたことも1度や2度じゃない。
文芸部に配属され、そんな大崎を初めて見た早紀は面喰らった。
同時に──社会人としての失格者が、何故、編集長という責任者でいられるのか─という疑問を持った。
だが、それはすぐに払拭された。
編集に対する妥協無き態度、各担当者への細かな心遣い。
1冊の本を世に出すための情熱は、早紀の中で軽蔑から尊敬に変わった。
その大崎から云われた厳しい言葉。
「申し訳ありませんでした…すぐに連絡致します」
早紀は再び頭を下げ、自宅の席へと戻って行った。
大崎はしばらく早紀の後ろ姿を眺めていたが、
「ちょっとタバコを吸ってくる」
隣席に座る副編集長、菅野にそう云うとフロアを後にした。
「刈谷さん、ご馳走様でした」
かなり遅い昼食をファミリーレストランで摂った3人は、店を出て駐車場へと歩いて行く。
「すいません先生。こんな場所しか思いつかなくて」
「とんでもない、とっても美味しかったわ。それに、ああいう店なら、真弥ちゃんくらいの子供が好きなメニューもたくさんあるし…」
恐縮する刈谷に、中尊寺は笑顔で首を振る。
「それに、真弥ちゃんの医療費も全額あなたが払ったんでしょう」
通常、医療費は被保健者なら3割負担なのだが、真弥の場合は加入しているかも分からない。
かといって保健証を偽造するわけにはいかない。従って十数万円にのぼる医療費を、全額刈谷が支払ったのだ。