青かった日々-8
「君が、桜木くんか?」
車から降りてきたのは、青いつなぎを着た金髪の青年。屋内の仕事なのか、元々なのか、色白な肌と、意外にがっしりとしたガタイが悟史にとって一番の印象だった。
悟史はただ「はあ、はい」としか頷かなかったが、青年は気にした素振りもなく、室戸 (むろと)と自分の名を言うと、悟史を助手席へと促した。
「しっかし、変わってねえなぁ」
引越し先までの短い間、心地よい振動に揺られながら、室戸はいくつかの話題を振ってくれた。
大体の話題に関して、悟史は一応の返事をしていたが、一番興味の引かれた話題がこれだった。
「室戸さん、あそこの高校だったんですか?」
悟史の問いに室戸は応えず、ハンドルを切る。緩やかな上り坂に差し掛かり、室戸はその時ようやく、そうだと返事をした。
悟史はあまり年上に知り合いがいない。それは年上が苦手というわけではなく、純粋に出会いが少なかったのだ。
室戸は、自分が高校に行っていた頃の思い出を少しだけ、話してくれた。
学園祭に体育館で行われるバンド大会。
室戸と、その仲間達によってバンド一枠分の時間をジャックし、優勝した翌年、注意書きに「乱入禁止」となった経緯を話してくれた。
今でもそれが受け継がれているのを聞くと、彼は声を上げて笑っていた。
この町は、何故か桜が多い。
咲くときは非常に綺麗だが、海からの風で散るのも早い。
そういえば今年は花見をしてないな、などと考えていると、目的の建物が見えた。
一度太一に写真を見せてもらったので、一目で建物がわかった。
「着いたぞ」
室戸の声と共に振動が止む。悟史はトラックから降りると、扉も閉めずに目の前を見た。
赤い屋根に白塗りの壁。二階建ての木造アパートは、どこか懐かしい匂いを出している。
二階の窓の上には、白い壁とは対照的に、黒く、太く「山野辺(やまのべ)荘」と印されていた。
「ようこそ、山野辺荘へ」
室戸の声が聞こえ、悟史は振り返る。室戸は真面目な顔つきになると、
「大家代理の室戸明(あきら)だ。改めて、よろしくな」
と言って笑った。