光の風 〈占者篇〉-7
「ハワード。」
ふと誰かに呼ばれ足が止まった。それは彼の名前、今では誰も呼ばなくなった耳に懐かしい名前だった。その声だけで感傷にひたらせる。
「ハワード。」
今度は近くで、目の前で呼ばれるように親しみのある声だった。声の主は分かっている、きっと振り返れば彼女がいるのだろう。そう思い振り向いても人影はなかった。
不安が体中に広がっていく。逆を見てもどこを見ても彼女の姿は見えなかった。ふいに湧きあがった淋しさから感情が乱れ、息が切れていく。その感情の原因も分からないまま不安だけが成長していった。どんなに探してもいない。
「ナル!」
「ハワード。」
ハワードの声に応えるようにまた声が聞こえた。今度は上から、ハワードは導かれるようにゆっくり顔を上げた。
その瞬間、光の泡がハワードに降りかかった。突然の出来事に驚き、反射的に受けとめるように後ろに体を引いてしまった。その弾みで彼の手にあった書類や荷物が地面にばらまかれてしまう。
しかしそんな事も気にならないほどハワードは光の泡に気をとられていた。まるで抱きつかれているようだと気付くのに時間はかからなかった。懐かしい匂いがそこへ導いたからかもしれない。
「ナル?」
彼の声に応えるように光はハワードから少し離れた。その瞬間、ハワードは目を大きく開く。光の中にいたのは懐かしい、出会った頃のナルの姿だった。
ハワードが何か言おうと口を開いた瞬間、ナルは人差し指を出して彼の口にあてた。何も言葉はいらないと、そう諭すように微笑み、今度は彼女自身の唇で彼の口を塞いだ。
それは一瞬にも永遠にも似た時間。
二人の身体が離れ、改めて二人はお互いの姿を見つめ合った。呆気に取られているハワードとは反対にナルの表情はどこまでも穏やかで可愛らしかった。
「ハワード。」
ナルの声は魔法の様で、名前を呼ばれるだけで体中の細胞が沸き上がるように騒ぎだす。何十年と年を重ねて培ってきた冷静さなどもろともしない程、ナルの声には力があった。
しかしそれは別れの儀式でもあった。
ナルの手がハワードの頬に触れる。かき乱された感情で表情が歪んでしまった。なぜ彼女がここにいるのか、なぜ彼女はそんな姿になっているのか、時が経つ程に理解していく。ハワードの変化に気付いたナルは様子を伺うように覗き込んだ。
訴えるように向けられた瞳にナルの瞳も潤っていく。自分のした事に気付かれた恥ずかしさや淋しさから思わずはにかむ。