光の風 〈占者篇〉-6
「それでも、お前はもうシャーレスタンじゃない。」
あまりに穏やかで、はかなげな笑顔に圭は見惚れてしまった。これ以上何も言うなと、あやされているようにも感じられた。
「カルサトルナス…。」
「カルサ。」
圭の言葉を遮るように千羅がカルサを呼んだ。
「お前も今はカルサトルナスじゃない。」
カルサの目が大きく開いた。同じような反応をしたのはカルサだけじゃない。圭は微笑み、右手をカルサに向けて差し出した。
「取引しましょ。」
「取引?」
そう、取引。そう繰り返すと圭はさらに手を挙げた。
「私は自分の為にウ゛ィアルの所へ行きたい。でもそれには貴方の力が必要。貴方に力を貸すことを条件に同行させてくれる?」
それはどこかで聞いた話だった。カルサから見て圭の向こう側、貴未と目が合うと彼は微笑み返した。そして気付く。自分の弱さと幼さがあまりにも小さくさせていた事を、それに気付いた。
取引、それは立場は対等であるという圭からのメッセージでもある。
「宜しく頼む。」
カルサの手が圭の手を取り、二人は取引を成立させた。自然と二人に笑みがこぼれる。
「これでまた1つ、皇子に力が集まった。」
誰にも聞こえないくらい微かな声で呟いたのは千羅、その声は瑛琳にさえ届いていればよかった。瑛琳は頷き、そうね、とだけ短く応える。
瑛琳は静かに横たわるナルを何度も振り返った。偉大なる占い師はもう何も応えてはくれない。
「貴方は、本当はどこまで見えていたのですか?」
自分の命と引き替えに見た未来は、どんなものだったのか。どこまで見えたのか、何も見えなかったのか、彼女は一切語らずに息を引き取った。その意味は苦しいくらいに分かるけど。
「今の私達は標を失い、方向さえも分からない。願いは1つなんです。」
ただ1つの願い、それは今彼女の目に映る青年の姿。彼の視線の先にはいつもカルサがいた。
どうかこの直向きな想いが報われますように。胸の前で両手を組み、ただ一心に祈りを捧げた。
身震いするほど深い闇がすぐそこまで迫ってきている。
カルサと圭が手を組み、皆が見守る中、人知れずナルの体が淡く光を放ち始めた。やがてそれは光の泡となりゆっくりと姿を消していく。微かな光の泡は空へと向かって上っていった。
高く高く大聖堂をぬけ、城の中を巡っていく。右へ左へ、そして上へ。
廊下には一人で歩いている老大臣がいた。眉間にしわをよせ、厳しい表情でゆっくりと足を進めていく。
まだ城内には魔物に荒らされた傷跡が至る所に深く残っていた。目に入るたびに顔つきは厳しくなる。