いつも通り。-1
また夜が来る。
いつもと何も変わらない夜が来る。
ベランダに出てタバコに火をつけると、真っ暗な空に一筋の線が浮かぶ。
ここ数ヶ月の間、夜になるとベランダに出てタバコを吸うのが日課になってしまった。
「タバコ、止めたてたのにな…」
サンダルだけを無造作に履いた足に冷たい水滴が当たった。
頬に手を当ててその水滴の出所が自分だと初めて気付く。
泣いてる事も気付かない自分が嫌になる。
揺らぎが酷くなる視界に耐えられずに目を閉じると、色んな物がフラッシュバックする…
それも全部、「あいつ」がそばに居た時の記憶。
女がタバコを吸うのを嫌がってたから、私はタバコを止めた。
髪の長い女が好きだと言うから、ショートカットだった髪を伸ばした。
「お前、マッサージすげぇうまいな」
って、あいつが言ったから夜一緒に寝るときは毎回してあげた。
元はカジュアルな服装が多かった。あいつが可愛い服が好きって言ったからスカートをいっぱい履いた。
「やっぱ、スカート似合う。すげぇ可愛いよ!」
って言ってもらえるのが嬉しかった…
あいつが好きって言った物は全部取り入れた。
あいつの瞳に私が映って、笑いかけてくれる。
そばにいれるだけで心から幸せだって感じた。
あいつと離れた今でも私はまだあいつが大好きで、けどもう、どうしようもなくて…
私には幸せだった記憶に浸って泣く事しかできない。
潔く別れたつもり。
あいつを困らせなくなかった。最後の最後までいい女でいたかった。
今思えば、もっと抵抗すればよかった…
もっと素直に泣いてすがって、「別れたくない」って言えてればあなたは、今も私の隣にいてくれた?
私が泣くと、何も言わずに抱きしめてくれた。
頭を撫でる手が、大きくて暖かくて…
気付くといつも安心して泣き止んでいた。
「俺が居るから…だからもう、一人で泣かなくていいから。ずっと一緒にいるから」
いつも必ずそう言って、おでこにキスをしてくれた。
あいつは私に泣く場所をくれた…
たった一人の大事な人。
けれど、今はもう隣にあいつはいない。
「ずっと一緒って言ったのに…嘘つき」
約束なんて当てにならない。そんなこと最初から分かってた。
付き合うなんてただの口約束。
何の保証もないただの約束。
けれど、ただ信じたかった。
そばにいたかった。
それだけのこと。
空が明るくなってくる。
今日もまた新しい日が始まる。
あいつがいなくなっても、世界はいつも通り回ってる。
何も変わらない、いつも通りの朝。
心がからっぽのままの私も、いつも通りの一日が始まる。
そう、いつも通り。
からっぽで何もない世界を私はいつも通り生きていく。