想-white&black-E-5
「花音」
楓さんの後をついて行こうとした私の右肩を麻斗さんが掴んで引き止めた。
私を見つめる目はどこか心配そうな色を浮かべている。
だけど。
「ごめんなさい、私、行かなくちゃ……」
逆らわないっていう『契約』だから。
「ごめんなさいっ」
もう一度謝罪の言葉を口にして私は掴まれた肩を振り払うようにその場から走り出した。
教室を飛び出して楓さんの後を追いかける。
角を曲がった所で一瞬見失いかけたけど、その姿はすぐに見つけることができた。
楓さんはある部屋の前で立ち止まり、私が追いかけてくる姿を確認するとその扉を開けて中へと入っていってしまった。
「ここ、は……?」
黒塗りの異様な雰囲気が漂う扉。
そこにはその部屋が何なのかを示すものは何も見えない。
ごくりと唾を飲み込むと私はドアノブに手をかけた。
扉を開くとその部屋の中央のソファに楓さんがいた。
「さっきのはどういう事か説明してもらおうか」
黒の革張りのソファに腰かけたまま私を無表情で見つめる。
その視線は私の身体を突き刺す。
「あの、さっきのは麻斗さんが急に……」
「"麻斗さん"……だと?」
私の言葉に楓さんがこめかみをひくりと引きつらせた。
「あの……そう呼べ、って……」
「ふうん。それで人前でキスとはな」
ほとんど表情を崩さないが言葉には棘がある。
「だからそれは……っ」
「どうせ大方アイツが無理矢理したんだろう?」
全て分かっていると言いたげな楓さんの言葉にむっとした。
分かっているならなぜわざわざこんな所に呼び出すのか。
(大体私が誰とキスしようが何しようが関係無いくせに。)
拳を握り締めて言いたい言葉を飲み込んでグッと堪えている様子を、楓さんはバカにしたように鼻で笑う。
「そうだろう? 麻斗」
楓さんが扉の方向に向かって呼びかけた。
(麻斗さん……?)
事情が飲み込めずにいる私の後ろのドアが突然開かれた。
するとそこから現れたのは教室にいたはずの麻斗さんの姿だった。