loopV-3
「じゃあ“春”説は出てこなかったわけだ。」
熱々の豆腐をおいしそうに食べながら祐介が言うので、あたしもつられて豆腐を食べる。
かなり熱い。
「というより、」
そこで由紀がとても優しい声で言うので、あたしは食べるのを止めて、由紀の顔を見る。
「“春”説には先約がいてね。
春に生まれてくるはずが冬に生まれちゃったんだけど。」
「由紀の逆バージョン?」
「そう。それで、“はる”をちょっと変えて、その子は即席の“遥”」
偶然なんだんだけど、と言う彼の表情があまりにも穏やかで、あたしは胸がきゅっと掴まれたような気がして、思わず食べる手を止めてしまった。
由紀の優しい口調が、お母さんの話をする時のそれにひどく似ていて、あたしは胸にざらざらとしたものが流れるのを感じる。
そんなあたしには気付かずに、祐介は適当だなー、と笑っている。
「つーか、今思ったんだけど、遥って笹原のこと?」
「うん、そう。」
「そうかぁ。お前ら幼なじみだもんな。幼なじみでそんな名前の由来まで一緒なんて、なんかすげぇ。
――それより笹原って、ほんと美人だよなぁ。」
「うーん、そうかも。」
「そうかもって。睦月もわかるだろ?」
急に会話があたしのところに戻ってきたので、あたしははっと我に返った。
「え?なに?」
「なにって、笹原だよー」
食い物より話くらいちゃんと聞け、と言う祐介に、あたしはごめんごめん、と言いながら必死に記憶を探る。
けれど、なかなかうまく思い出す事ができない。
「いや、あたし、見た事ないんじゃないかな。」
「あるって。同じ高校だし。
…ほら、長い髪で背もスラッとしてる感じの。」
祐介の説明はざっくりしたものだったが、あたしはそこまで言われて、あっと声を出した。
記憶とはおもしろいもので、何か取っ掛かりを見つけるとするすると思い出す。
「大学も一緒なんだね。」
祐介の言う通り、背が高く、顔も整った、『美人』という言葉がぴったりの綺麗な人だ。
同じクラスになったことはないし、美人だから目立ってはいたけれど、いつもぽつんと1人でいた気がする。
知らなかった、と言ったあたしに由紀はまた優しく微笑んだ。