やっぱすっきゃねん!VI-5
「1球見れば分かる。さあ、ここに投げろ」
一哉はミットを大きく開き、左腕をズイッと伸ばした。
「分かりました…」
佳代は頷くと、セットポジションの構えに入った。
肩幅より少し開いたスタンス、顔の前に構えたグラブ。
右足が地面を離れ、身体の中心に引き寄せられる。上体はわずかに後方へとねじられた。
一瞬、動きが静止した次の瞬間、右足が宙を蹴って前方に伸びて、同時に右手のグラブも身体から離れて一哉の方へ伸びた。
右足がマウンドの窪みを掴んだ。左腕が身体の後ろで弧を描き、頭の後ろに上がってきた。
──良いぞ。
右腕を一気に引き戻し、腰の強い回転に付いて上体が連動する。胸を大きく反らせ、体重が右足に大きく掛かる。
──ここだッ。
佳代の上体が一気に回転する。身体は完全に一哉の方を向きながら、左肩から先は今だ頭に隠れている。
ヒュンッ!
ムチのような腕の振り。
ミットから乾いた音が鳴った。が、一哉の顔は満足していない。
──80点…といったところか。
「佳代。今度はスライダーを投げてくれ」
一哉はボールを投げ返す。
「スライダーを…ですか?」
「ああ、1球でいいぞ」
佳代は云われるままスライダーを投げた。ストレートの起動から大きく左下に曲がった。
──こいつは使えるな。
ボールを受けた一哉は、ひとつの結論を導き出した。
「佳代。しばらくの間、スライダーを決め球にしてピッチングしないか?」
「スライダーを…ですか?」
佳代は提言を聞いて困惑する。あれほどストレートを評価してくれたのに、それを捨てろというのだ。
戸惑いをみせる佳代に、一哉は次の言葉でフォローする。
「正直云うと、ストレートの威力が戻っていない。このままストレート主体で登板すれば、また打たれるだろう。
だったら、戻るまでの間はストレートを見せ球に使え。要は実戦でピッチングを磨くんだ」
ようやく意図した考えを理解した佳代は、希望に目を輝かせて言葉を返す。
「分かりましたッ!」
「ヨシッ、明日もう1日ある。明日は最初からブルペンでやるぞ」
「ハイッ!」
一哉は、ピッチング練習を終了してクールダウンのキャッチボールを始めようとした。
「コーチ、バッティングの方は?」
佳代は少し驚いた顔で訊ねる。。永井の話から、てっきりバッティングも指導をもらえると思っていたからだ。
しかし、一哉は笑顔で首を横に振ると、
「今、必要なのはピッチングだ。それさえ良くなれば、他は心配ない」
そう云ってクールダウンを終えると、道具を片付けだした。