『堕胎』-1
…ほんとうににいいのかい?」
そういって、しろいはねのてんしさまが、たずねる。
ぼく…ちがった、こんかいは、わたし。
わたしはうなずく。
てんしさまは、かなしそうなかおをして
「わかった」
と、うなずくと、ゆびをパチンとならして、わたしに、にじいろのはねをくれた。
まっててね。おかあさん。
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手術は日帰りでいいらしい。
親の同意書は友人が偽装してくれた。
相手の男なんかどこの誰だかわかんないし。
こんなんだったら、もっとお金取るんだったな。
病院の先生は初め、私に説教しようとしてたみたいだけど、深刻な顔して「…実は…」なんて涙を流したら、手の平を返したように柔和な態度になった。
看護婦さんも、それはそれは優しくしてくれた。
罪悪感がない訳じゃないけど、まだ私、16歳だし。
こんな事で人生、棒にふってられない。
麻酔を打つから今夜から絶食。
親にはダイエット中だってごまかしたし、明日で総てが終わる。
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面倒な事に今日は保体の授業。
今回は視聴覚室でビデオ見るらしい。
しかもいつものセンセーは休みで、代わりに生徒指導のナカムラが来てる。
ダルい、最悪。
何やら性教育について真面目に話してるけど、あんまり聞いてない。
今からビデオ見るらしいけど、用意に手間取るくらいなら、初めからやらなきゃいいのに。
そう思いながらなんとなく見た画面には、妊婦さんが痛みに耐える姿が映し出された。
一部の男子が、妊婦の痛みに耐える顔が笑えるだの、キモいなど囁いてはナカムラに注意されてた。
私は何かモヤモヤとした気分になったけど、それが何か解らないままぼんやりと画面をみてた。
画面の中では出産を終えた母親が赤ちゃんを抱いて幸せそうに笑ってて、まだしわしわな赤ちゃんは、はくはくと口を動かして、母親の胸の辺りで必死に乳首を探してた。
しばらく幸せな映像が流れたかと思ったら、なんの前触れもなくいきなり白黒の画面に切り替わって、白く小さな豆粒のような物が、必死に動き回り、何かから逃げている映像が映し出された。
これ以上は見ちゃ駄目だ。どこかで警鐘が聴こえたけれど、私は目を逸らせなかった。
そこには手足をもがれ、掻き出される胎児の姿が映し出されていた。