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のたうつ大陸
【ミステリー その他小説】

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のたうつ大陸-4

「ミサキ、これだけは忠告しとくよ。組織は絶対に信じるな!」

 いよいよ帰国の日が来た。私の指導した医療スタッフたちには、もうしっかりとしたプロ意識が根付いていた。その半面、いろんなことに気づかされた。究極まで行き着いてしまった欧米NGOの合理主義。志はあっても非力な地元団体との乖離。現地の人々の反感と羨望のこもった眼差し。安全対策のために引きこもり、その壁を乗り越えようとすれば危険と向き合わなければならない現実。
 私は一枚の写真を思い出した。キンシャサのスラム街で子ども達に囲まれて照れ笑いを浮かべていたナオの写真を。そしてナオの言葉を。
「鵜飼いの鵜だってちゃんと魚は獲れるんだ」



「ナオ、いろいろ世話になったね」
「それはお互いだよ」
「ねえナオ、あの青年とはどうなの?」
 私はずっと聞きたかったことを聞いた。
「うーん、どうなるんだろうねえ。あたしも自信がないし、彼も自信がないってとこかな」
 私は何とかナオを一緒に連れて帰りたい、少なくともその言質をとりたいという衝動に駆られた。
「ナオ、帰国したいとは思わない?」
「したいとかしたくないじゃなくて、当分できないもん。一段落ついたら考えてみてもいいかな。でもその一段落が5年先なのか10年先なのか、あたしにもわからない」
「ナオはみんなに頼られてるからな」
 私は立ち上がると黙って右手をナオの方に差し出した。
「ナオ」
 そう呼びかけた。一呼吸するとナオも立ち上がった。そして右手で私の右手をつかむと、これでもかとばかりに力を込めてギュッと握った。私も負けじと思い切り握り返した。なんだか笑いが込み上げてきて、2人で声をたてて笑い合った。

 飛行機は高度を上げていく。眼下には赤茶けた起伏に富んだ広大な大地が広がっている。飢餓と殺戮の絶え間なく続く煉獄の大陸だ。急にとてつもない疲労感と睡魔が襲ってきた。まだパリ本部での報告という最後の仕事が残っている。私はつかの間の深い眠りに落ちた。

 帰国直後、嬉しいニュースが待っていた。赤城医師とオランダ人の看護師がケニアのナイロビで解放されたのだ。犯行グループの1人は、十分な身代金を受け取ったからだと取材陣にその理由を答えたらしい。世界の医師団はそのホームページ上で、解放の事実だけを短く伝えたのみだった。
 その1年前に消息を絶ったというアルゼンチン人の医師と看護師の行方は、いまだ杳として知れない。


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