Delete <彼の左腕は堕胎によって失われる>-4
『これはあなたの体じゃない。私自身の体の中で起こっていることなの』
「それなら、彼女が生きていたなら私は今より幸せになれただろうか?」
「それは分かりません」と僕は言葉を濁す。
「今より、不幸になっていたかな?」
「そういう可能性だってあります」と僕は正直に答える。
「でも、そういうことなら、少なくとも私にとっては、あるいは彼女の死は正しいことだったのかもしれないという事になる。どうだろう?」
僕はそれについて考える。
「それは分かりません。でも、結果的にあなたは全てを失った」
文字通り、全てを。男は利き腕と恋人を。
僕は小さな光と、不確かで、でも恐らくはぬくもりに溢れていたかもしれない未来を。
「そう、私は全てを失った」
<そう、僕は全てを失った>
「それでも、右腕はある」
<それでも、僕の命はここにある>
「私はこれからも不完全な氷を割り続ける」
<僕はこれからも不完全な命を燃やし続ける>
「なんのために私は氷を割るのだろう?」
<何のために、僕は?>
「いっそのこと、この右腕も」と言いかけて、男は薄く笑う。
「そろそろ帰らなくちゃ」僕は立ち上がる。
「さよなら」男が言う。
「さよなら」僕も言う。
天井からぶら下がっている赤いロープが、どこからか吹いてきた風に、揺れた。
<雑談BBS、1192作ろう小説で! 参加作品>
テーマ『堕胎』
<※>Delete・・・[動](他)書いたもの、印刷したものを(?から)削除、抹消するの意。
<※>堕胎・・・人口妊娠中絶を刑法で言うと「堕胎」となる。一般的には「中絶」という。人口妊娠中絶に対して「それは犯罪行為の一種である」という前提のもと書かれた本作のタイトルでは「堕胎」という言葉を使用している。