黄昏の約束-4
「向こうに行くまででいいから、一緒に住もう」
「!?」
予想もしていなかったお願いに隣を振り向けば、あたしがよく知ってる柔らかな笑顔。
胸の奥が、じんと疼いた。
――しんちゃん。あたし今、ちゃんと笑えてる?
ただでさえ大きな目に、驚きが満ちていく。
不安が見え隠れする強張った表情に、ようやく体温が戻ってきた。
「今のままじゃ僕、何にも信じてもらえる要素ないでしょ? 気持ちまで離れたりしない、僕からゆきが離れそうになったら必ず引き戻す。信頼してもらえるように、頑張らせて欲しい」
本格的な遠距離恋愛なんて全く経験がないから、どれだけ大変なのかわからない。
ただ、君の隣に他の男が居るなんて、想像も妄想も拒否反応を起こしたって、そんな理由なんだけど。
せっかく通い始めた気持ちを、もっと育んでいきたい、繋げていきたいと望んでしまった。
「あんまり時間ないけど、このまますれ違いっていくのは嫌だから。
ゆきさえ良ければ、だけど」
物理的な距離で、簡単に消せる想いじゃない。
強がりな君にどうしたら安心してもらえるかって、悩んだ結果がこれだから。
「それ、ダメって言ったら、あたしが後悔する」
唇をかみ締めて無理に笑おうとしてる彼女がいじらしくて、空いた右
手で風に吹かれてくしゃくしゃになった髪の毛を撫でる。
橙に染まった雫が今にも溢れそうなのに、ゆきちゃんは嬉しいと何度も繰り返す。
「住む部屋、急いで探さないとね」
「うちでいいよ?」
「本当に?」
「めっちゃ狭いけど…まぁそこそこ便利な場所だし」
「それじゃ、週末に荷物もってお邪魔するよ」
ようやくホッとした顔で笑ったゆきちゃんにつられて、僕も笑顔になる。
「も、すぐでも来て」
「うん、じゃ明日行く」
ささやかな抵抗でいい、後で嫌というほど離れてしまうのなら、今は飽きるほどこの隙間を埋め合いたい。
「さてと、ちゅーするまで帰らないよ?」
「や、ちょっ、しんちゃん!」
力いっぱい押しのけようとしてくるけど、僕がふれてる腕を振り払ったりはしないから本気の拒否じゃない。
「ふふ、いくらでも抵抗するがいい」
楽しくて、幸せがいっぱいすぎてにやけた僕の顔はきっとお世辞にもかっこよくはない。
「しんちゃん、まっ…たっぁ、ぅ」
薄闇の中、人通りも少しはあるけど全く気にならない。
欲しいと思ったらすぐに行動しなくちゃ、今をもっとわがままに捕まえていなきゃ、きっと後悔する。
軽い口付けなのに、触れ合った部分はしっかりと熱をもっていて、離してしまうのが名残惜しくて仕方がない。
「ん――…めっちゃ眉間に皺よってるよ?」
「…ばか」
薄暗い空の下、すっかり冷たくなった彼女の指をさすっては包み、体温の戻った手のひらに指先で悪戯してはくすぐったいと小突かれる。
「あー…着いちゃった」
マンションの前で、ぴたりとゆきちゃんの足が止まる。
しょげた上目遣いで送ってくれてありがとうは反則技でしょう。
「ちゃーんと午前中には来るから、すぐだよ、すぐ」
おそるおそる解かれる手を、僕はわざとあっさり離して不安たっぷりな顔してるゆきちゃんの頭を雑に撫でる。
「じゃ、いってきます」
明日から始める青いハネムーンは、とびきり甘くしよう。