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雛子が美和野村に移り住んで3日目。家の片づけもひと段落し、日々の暮らしもなんとかこなせるようになってきた。
いよいよ明日からは、学校で子供達と向かい合う。そう考えると、嬉しさと同時に身がしまる思いだ。
朝食の時刻。ちゃぶ台にはアジの干物と塩付けワラビが入った味噌汁、それに漬物が並んでいる。
「いただきまーす」
料理を前に両手を合わせ、食事を摂る。今日も仕事──薪作りと水汲み─が待っている。
──明日から学校だから、薪を多めに作らなきゃ。
「あれ?」
向こうの部屋──居間の曇りガラスに一瞬、黒い影が映った気がした。
それに合わせて聞こえたのは、カン高い子供の声。なにやら、ひそひそと話をしているようだ。
──ははあ?ッ
雛子は企みを持った顔でちゃぶ台を立つと、気づかれないよう部屋の隅を通って窓に近づいた。
──せえのお…!
一気に窓を開いた。そこには、男女を混じえて10人の子供達が集まっていた。
「うわあああッ!」
突然の出来事に、子供達は奇声をあげて窓から逃げていく。
雛子は、そんな子供達を声をあげて呼び止めた。
「皆んな待ってよッ!何も怒るつもりはないんだから」
すると、大半の子供が逃げた中、ひとりの男の子は振り返った。
「私は河内雛子ッ。あなた達、美和野分校の生徒でしょう!?」
優しく微笑む雛子を見て、男の子は恐る々近づいて来る。
「…新しく来た先生って、おまえか?」
男の子の問いかけに、雛子の顔が一瞬固まった。どうみても10歳くらいの子供に──おまえ─呼ばわりされて、どう対処すべきか戸惑ったのだ。
「…そ、そうよ。明日から先生になるの」
男の子はさらに近づく。
「先生って、東京から来たって本当か?」
「そうよッ、神田って下町の方だけど」
雛子は嬉しそうに答た後、今度は男の子に問い掛けた。
「ねえ?君の名前はなあに」
男の子は、雛子の視線を逸らすように俯き黙ってしまった。──その頬をわずかに赤く染めて。
そんな仕草を見て、雛子は男の子をいっぺんに気に入った。
「私はね、雛子。河野雛子って云うの。ねえ、君は?教えてよ」
この頑張りに根負けしたのか、男の子は俯いたまま雛子に云った。