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「私はヨシノ…」
恥ずかしそうに答える女の子。雛子は彼女の手を取り嬉しそうに、
「ヨシノちゃん…良い名前ね。とっても良い響き。ところで、おぶってるのは妹?弟?」
ヨシノは首を振った。
「これは…となりの子で…貴之って名だ」
「どうしてヨシノちゃん家が預かってるの?」
「貴之の母ちゃん…身体が弱くて…それで…」
たどたどしい語り口。兄におぶわれた事しか記憶にない雛子には、ヨシノは芯の強い子に映る。
「それであなたが世話してるのねッ、えらいわ、ヨシノちゃん」
微笑み掛ける雛子。ヨシノは、どう受け答えてよいか解らずに顔を赤らめ俯いている。
「せ、先生ッ!オレも弟を世話してんだッ」
「まあ、君の名前は?」
「オレは和美ッ。この間、先生が役場で会ったのは父ちゃんなんだ」
どうやら助役の椎葉の息子らしい。坊っちゃん刈りの頭がよく似合っている。
「ホントッ!弟はなんて名前?」
「俊和だッ!母ちゃんも役場で働いてるから、昼間はオレが世話してんだ」
そこからは凄かった。まるで堰を切ったように、子供達が自分を知ってもらおうと雛子に云い寄ってきた。
「ち、ちょっと待って…あなたが三郎君で、あなたは公子ちゃんね」
次々に挙がる名前を、雛子は必死に頭に刻み込む。
皆が争って話し掛ける中、ひとりの男の子は、遠まきにこちらの様子を伺っていた。
ボサボサ頭に薄汚れた長袖シャツ、ひざの出たズボン姿。
雛子は立ち上がると、その子に声を掛けた。
「ねえッ、君はなんて名前なの?」
男の子は掛けられた声に──ビクッ─と反応すると、クルリと踵を返し走り去ってしまった。
「あらあ?…」
呆気に取られる雛子。そんな姿に、大がすかさず補足する。
「アイツは哲也。オレと同級だ」
「テツヤ君ね。でも、何で私の顔を見て逃げたの?」
「それは…アイツ、恥ずかしがりだし…それに…」
大は、そこまで云うと黙ってしまった。あれほど騒がしかった他の子達の声も、パッタリと止んでしまった。
「ヨッ!ンッ!ウンッ!」
午前中に洗濯や薪作りを終えた雛子は、午後から水汲みに取り掛っていた。
ポンプ吐出口に取り付けられた消防用のホースが、勝手口から家の中を通り風呂場に伸びている。
昨日、様子を見に来た椎葉が、水桶を運ぶ彼女に──こりゃ大変ですな。ちょっと待ってて下せえ─と、古いホースを都合してくれたのだ。
おかげでずいぶんと手間が省け、大助かりだ。