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「オレはマサル。大って書いてマサルって云うんだ」
「マサル君ねッ、良い名前だわ」
雛子が満面の笑みでそう云うと、マサルは気を良くしたのか、照れた表情で窓際まで近寄って来た。
「ねえマサル君、他の子があそこで見てるじゃない」
雛子が指差す先、20メートルほど向こうには、先ほど逃げた子供達がこちらを伺っている。
「私さ。皆んなにご挨拶したいの。マサル君、呼んで来てくれないかなあ」
「えッ…だって…」
頼みを聞いた大は急に歯切れが悪くなった。が、雛子も──何とか皆と顔合わせしたい─という思いが先走る。
「マサル君、ねッ、このとおりッ」
雛子は神妙な面持ちで両手を合わせた。それを見ていた大は、──仕方ない─とでも云いたげな表情をすると、クルリと向き直って子供達の居るところに駆けて行った。
「マサル君、頑張って…」
子供達の中で、説得する大の姿が見てとれた。
雛子は窓際で、子供同士の──折衝の行方─がどう決まるのか、わくわくしながら見守った。
すると、話し合いがついたのだろう、10名の幼い足がこちらに向かって歩いて来るではないか。
──やったあッ!
ゾロゾロと窓際に集まる子供達。学年はまちまち。中には弟か妹だろう、赤ん坊を抱いている子供もいる。
その澄んだ瞳が雛子を取り囲んだ。
「わ、私ねッ、明日から皆んなが通う分校の先生になるの。
それでね、皆んなに名前を教えて欲しいの」
先走る思いに早口になる雛子。子供達は、恥ずかしさに俯き黙っている。
──あッ!
「ちょっと待っててッ」
何かに気づいた雛子は、窓際を離れると居間から降りてサンダルを履き、玄関扉を開けて子供達の前に現れた。
「ごめんねッ。お話するのに、窓からなんて失礼よね」
雛子は、子供達の目の前でしゃがみ込み視線を合わせた。
彼女を見た子供達は、一瞬、逃げ腰しになったが、大の──心配すんなッ─という声に押し止まった。
おっかなびっくり見つめる子供達に、雛子は嬉しさいっぱいな顔で話し掛ける。
「私は雛子って云うの。皆んなは?名前は何ていうの」
そう云うと、1番右端にいた子に視線を合わせた。
イガグリ頭の男の子。歳は大と変わらぬくらいか。
「ねッ、教えて」
男の子は何とも難しい顔をしていたが、やがて諦めたように声を発した。
「オレ…浩」
雛子は笑顔のまま大きく頷いた。
「ヒロシ君ね。よろしくッ」
そして浩のとなりを見る。可愛らしいオカッパ頭の女の子。背中に抱えた赤ん坊は眠っている。