音姫物語-1
今は昔。
そうはいえど今でも………あのころから今までのことはそう、まるで夢のようで今でも醒めてしまうのでないかと……その夢の中にいる心地なのです。
そう、……言えば、あの方を…怒らせてしまうでしょうか、叱られてしまうでしょうか。
それとも…、
呆れて……しまわれる?
あのころ、草木をかき分ける鹿追に行く野がまだ私の身に懐かしいころ。
あな恋し
ほのか聞こゆる
姫音の
我が耳にのみ
いと紐ときて
歌を、贈られた。
などと……信じがたく、されど手にある文は私への歌があるまま。
過去栄華を極めた名家の末裔といえど、今は昔のこと。
都を追われた一族は都をわずか逸れた辺鄙な土地へと逃れた。
名家末裔といえど幼少よりこの地、緑若く芽吹き花咲く里は、目に優しく季節を知らせてくれる。
そのせいか時折都より訪れる人々から聞き遊ぶ華やかな都の噂話も楽しかろうが、私には遠いことのように思えた。
華美な噂に笑い、それでも私には遠く、日々は農家の者を戯れに手伝ったり、師事するように笛や琴を幼子に聞かせ遊ばす日々。
そんな私を今でも我が家に仕えてくれる若菜は、螢さまの嫁行きが遅れてしまいます、どうか名家へ、と心配ばかりかけてしまうが気性の明るい若菜との日々も私としては楽しかった。
たとえ農家に嫁ぐことになろうと老いた先一人になろうとこの地で今を生きるのが楽しくあった。
「螢さま、歌が、歌が……贈られました」
「あら、若菜に?どんな殿方さまかしら」
「いえ!いえ、……やっと!螢さまにですわ!」
「………わたくし?」
だからなの、まさか私に歌を贈る殿方さまがいらっしゃるとは、思い遊びもしなかったの。