音姫物語-8
「その、…あ、あの」
「焦れったいのは俺には似合わぬな。……ずっと見ていた。野に童と戯れるそなたも、笛を吹くそなたも、いとおしいと思うもただ触れられずにいた」
耳に熱く吹き込まれる告白めいた美声にくらくらと酔ってしまう。
知らなかった……見られているなどとは思いもかけず、日々を過ごしていた。
「なぁ…螢姫、我と都に来てくれまいか」
耳に触れるか触れまいかのところでささやかれる息は熱い。
耳からとろけてしまいそうに。
「そのような、……急に、ぁ…ん!…ふぁ、ぁん…な、何を…?」
答えを遮るように口づけられ、弄られた口腔からは荒い息が漏れるばかりで、すがるように身をまかせるしかできない。
「否はききたくない。姫よ、……そなたからは是しか受け付けたくない」
「殿方さま……ん!ぁ、ん、ふぁ、っ……」
呼びかければまた口づけられ、舌同士を擦りつけるように弄られる口腔は熱く、時折軽く吸われた唇は腫れたようにじんじんとする。
こんなの、……。
くらくらと恍惚のなかで微睡むような頭は何も考えられず、ただ舌同士がねっとりと合わさり撫で擦られる度に粟立つ肌も痺れる下肢も、全て初めての感覚だった。
「幸業だ、伊集院幸業」
「ゆき、なり…さま?」
蕩けた頭が不躾に舌足らずな声で、告げられた名をなぞる。
「そうだ。……我が音姫」
「んぅ!ぁ、ふぁん…ぁん、ゆき…り、さま、は、ぁ!ん」
噛みつかんばかりの勢いで、幸業さまの息も味も流し込まれ、ぞわりと粟立った背にすぅと回された手にもぞくぞくと反応してしまう。
下肢にはもはや力入らず背と腰に回された幸業さまの手だけが私を支える。
しなだれるだけの危うい私を繋ぎ止めるのは、幸業さまの腕と唇だけ。
「嫁に、きてくれるだろう…螢姫」
うっとりと幸業さまに染まった頭が出す答えは私には意外なものだった。
「はい、……幸業さま」
まさか口づけで蕩けたとはいえ自身がこの一言がだすなどと、昨夜は露ほども思わなかっただろう。