音姫物語-6
久々に来た湖には綺麗に月が映っていた。
ここまで足を伸ばすことは里の者でも珍しい。
ましてや夕刻も過ぎた闇夜、誰もおるまいと、一応伺うがやはりいない。
着物を脱いで裸になると湖で水浴みをした。
髪を濡らさぬように櫛と簪でひとまとめにし、水をかき分け泳ぐ。
まとわりつくような汗が流れるのが心地よい。
月の光だけが指す金色の湖で泳ぐのは贅沢だと、少しばかり浮かれた頭で笑った。
「誰かいるのか」
………誰か、いる?
かけられた声にびくりと何も纏わぬ体が心細い。
「賊か、答えろ」
ぴりりとした聞き慣れない声に泣きそうになりながら答える。
「いえ、あの…」
「女か…水浴みか、悪いことをした」
「いえ、失礼しました…夜更けで、誰も、おるまいと……つい、」
恥に逃げるように水から立とうとすれば声をかけられる。
「立つな!……あぁ、間に合わぬか…こちらから見えているぞ。鈴鳴りの声の君よ」
……見えて、いる?
水より上がった臍より上の上半身が、私からは見えぬ誰かには見えてしまっているらしく、あわてて水に戻った。
ぱしゃり、と跳ね上がる音が、先ほど言われた鈴鳴りの声とのかけ声が、なお一層羞恥を煽る。
そんな…見られたなんて…恥ずかしい。
若菜に何も言わず勝手な真似などしなければよかった…。
「すまないな、鈴鳴りの君。嫁にとらねばならぬか」
軽快に笑いながらの言葉にあわててしまう。
そんな……、私はいやだ。
「わ、私は、ただの…げ、…下女です!そのように貴方様にめとられるような…身分ではございません!」
「ほう…では我のような高貴な者の誘いを断ることこそ悪くはないのか」
「文を!…文を交わす方がおります…っ!」
「ほぉ…慕う者か」
「…………はい」
「ではそなたを嫁にもらうのは暫し考えよう、そちらへゆこう」
「何を…っ」
草掻き分ける音に、見られるのも厭わずあわてて水から上がり、地に置いた着物を抱え、襦袢だけを羽織ると履き物も履かず裸足で逃げ帰った。