阿婆擦れ-7
「本当に、やめて下さい。
私が勝手にやったことですから。
私こそ、オーナーにお世話になっています。
お店の為にしたことですから、お気になさらないで下さい。」
「いやいや、そうは行きません。
ここは、あっしの顔を立てて・・・・」
紳士の声を玲子が遮った。
「あなた。優香さんにも、ご事情があるのよ。
あなたの世界のことを優香さんに押し付けるのは迷惑だわ。
それに優香さんは、花嫁修業にこちらにいらっしゃっているのよ。
あなたが感謝するなら、そっと見守って上げなきゃ。」
「あら、花嫁修業にいらっしゃってるの。」
一人の夫人が声を掛けた。
「奥さま。そうなんです。
お世話になった方から、お預かりしている
大切な娘さんですのよ。」
「こちらのお店では、どれくらいお勉強されているのかしら?」
「もう、半年になります。」
「そう。それでは、うちに来れば如何かしら?」
「奥さま。宜しいのですか?」
オーナーが驚いたように声を上げる。夫人は大変な名家の出身で、その穏やかな人柄と広い見識を見込まれ、夫人の屋敷には良家の娘達が花嫁修業に集っていた。夫人は、優香のことを気に入ったようだった。
「今も5人の可愛い娘さんが、お家にいらっしゃるわ。
すぐにお友達になれると思う。
あなたもいらっしゃいな。」
優香は突然の申し出に戸惑い、玲子を見た。
玲子は、嬉しそうに優香を見てうなずくと夫人に答えた。
「奥さまのお声掛りを頂くなんて光栄なことよ。
奥さま。私からもお願いします。
是非、奥さまのお手元に置いて下さいまし。」
紳士が言った。
「それはいい。奥さま。私からもお願いします。」
優香は、黙ってうなずくと、夫人に頭を下げた。
雄大は、港町の大学に進学していた。野球も続けていたが、休みには港町を歩くのが趣味だった。定期的に送られてくる優香からの葉書も、最近では美しい文字が並んでいた。相変わらず消印はこの港町からだった。
優香。何処におるんじゃ? 本当に、元気にしとるんか?
雄大には、優香を待ち続けるという自覚は無かった。ただ心配だった。
夫人のお屋敷には、優香の知らない世界があった。夫人は連日のように著名人を招き、優香も彼らの話しを聞き、少なからず彼らと話す機会に恵まれた。
良家の娘達も優香を気に入ったようで、妹のように可愛がってくれた。娘達は育ちが良いばかりでなく、賢く、近く持つことになる家族にどのように愛情を注ぎ支えて行くのか、子供たちとどのように接し育てていくかを考えていた。
そして娘達は、夫人を見習い、優香にも家族に対するのと同じ愛情を注ぎ、不慣れな優香の成長を促すように支えてくれた。
優香は、清次の言葉を思い出し、常に夫人と娘達に感謝した。そして、送り出してくれた玲子に手紙を書いた。