……タイッ!? 第二話「励ましてあげタイッ!?」-5
数分もたたずに悟は呻き声を上げた。その後、彼は久恵に顔を向けることなく服を直すと紀夫に「残念だった、正義のマネージャーさん」と皮肉を言い放ち、去っていった。
「あ、あの」
「何? 君もしたいの? いいよ。私もしてあげたい気分だし……」
唇に残る精液をティッシュで拭き取りながら久恵は立ち上がり、手招きする。
「なんで、こんなこと?」
「なんでって、しちゃ悪い?」
「悪いですよ。だってここは部室ですよ?」
「みんな隠れてしてるわよ。この前のチア部の子、男の子くわえ込んでよがってたし……」
チア部の子。練習のときに見た女子の薄い胸と尻、ツインテールと白いコスチュームが魅力的なあの子。ぽんぽんを持っていた男子と……?
「で、でも、先輩は部長なんだし……」
「部長でも人間。君と同じように性欲あるし……」
久恵の視線は紀夫の股間に向いており、その膨らみを面白そうに論う。
「それはわかります。けど、今週末は試合ですよ? もしこんなことがばれて大事になったらどうするんですか?」
「そうね。それは大変ね。もしかしたら出場停止処分になるかもね……」
自分もエントリーしているのにどこか他人ごとのように嘯く久恵に、紀夫は苛立ちを覚えた。
背筋に火花が走り、かっかと顔面が熱くなる。脳裏が真っ白になって気持ちが抑えにくくなり始め……。
「そんなことになったら困ります! 皆一生懸命練習してるんだから、それを台無しにするようなこと!」
我慢できなくなると同時に声を荒げていた。
「そう……、一生懸命してるんだから、邪魔しちゃ悪いわよね……」
「ふざけないで下さい!」
いつも温厚な笑顔と冷静、常識的な態度を示す久恵が何故? そして、何故彼女はそうも他人事のように振舞うのか?
理解できない現実が一層彼の思考を煮えたぎらせ、声を荒げさせた。
「……君、溜まってるんじゃない?」
「なんで話を逸らすんですか。真面目に答えてください」
声は粗ぶるものの、歩み寄る久恵にたじろぐ紀夫。
「怒鳴らないでよ。怖いからさ……。大丈夫よ、ばれても平山先生なら誤魔化せるし、男の教師なら私が……ね?」
「そんな……いけませんよ……」
ロッカーに退路を阻まれる紀夫は絶対絶命? 追い詰められてしまう。
――先輩、いい匂い。それに、すごいエッチな感じ……。
ぬめる唇を下で拭う。他人の残滓であると知りつつも、魅惑の果実の樹液に見えてしまい、それすら吸い付いて味わいたくなる自分が居る。
「君も……してあげるよ。んーん、させてよ……お願い」
縁なしの眼鏡の奥に見える穏やかな垂れ目は可愛らしいのに、その眉はどこかくたびれた心情を見せ、物悲しかった。
「先輩、悩みでもあるんですか……俺でよかったら相談に乗りますよ?」
「な・ま・い・き」
久恵の目が閉じられたとき、すうっと唇が近づき、紀夫は観念どころか期待をしていた。
「失礼します……」
それを止めたのは里美の声。
すこしばっかり怒りを含んでいたのはきっと気のせいだろう……が?
「……で、一体何をしていたのかしら?」
凍りつく時間を動かしたのは丁寧なとげとげしさを持つ紅葉の声。彼女は里美の背後からひょいと顔を出し、三人の顔を見る。
「別に? ただマネージャー君の髪にゴミがついてたから掃ってあげただけよ……」
フンとつまらなそうに鼻息を荒げると、久恵は自分のロッカーから通学鞄を取り出す。