……タイッ!? 第二話「励ましてあげタイッ!?」-21
「んでもちょっぴり好きかも? 君次第だけどね……」
「はぁ……」
「なによそのリアクション。もっと嬉しそうになさいよ!」
髪を梳いていた手が紀夫の下腹部に回り……、
「いたっ……」
軽く抓られ、ふふっと笑われてしまう。
「もう、からかわないでくださいよ……。それじゃあ僕、じゃなかった、俺はもう行きます。その、内緒にしてくださいよ。このこと……」
「どうしよっかな? また脅迫しちゃおっかな……」
「そんな……」
身支度を整える間は背を向ける。嬉しさ半分な自分を見せないようにするためと、これ以上からかわれないように。
一体何が自分次第なのかはおいておき、もうすぐ始まるであろう里美の試合を応援する為に、紀夫は一人倉庫を後にする。
背後で紅葉がなにか呟いていたとしても、それは聞き流して……。
**――**
「やったね! サトミン! 予選通過おめでとう」
「うん。ありがと」
予選通過は予定通り。だからかな、クールに振舞える。けど、なんかお腹が変だ。
別に痛いわけじゃなくって、なんか重い。生理はまだ先だし、お通じの方だって最近は調子がいい。となると、なんか変な病気かしら? まさかね……。
それはそうと島本の奴、一体どこで油売ってるのよ。さっきは調子イイコト言ってさ、結局応援に来ない気?
む?……なんかムカツクな。当然約束を破られたことについてだけどね。
「サトミン、水分は? タオルは?」
その代わりといっちゃなんだけど、理恵が何かと世話を焼いてくれる。
そういえば何でこの子は試合に出なかったんだろ?
「里美、やったね。決勝がんばってよ」
綾が激励してくれるけど、彼女は昨日既に入賞を果たしている。なんていうか勝者の余裕なのかしら? きっとあたしも入賞果たしてあんたに並ぶんだから!
はは、変なこと考えてる。
あたしってどうしてこう悪いほう悪いほうって考えちゃうんだろうなあ。
んでも、これはまだ悪いことじゃない。負けまいっていう強気の表れだもの。
「そういえば島……マネージャーは?」
「え? あ、そういえばいないね。どこいったんだろ……」
きょろきょろと辺りを見渡す理恵の様子からは、嘘をついているように見えない。
「なんか備品がどうのとかで倉庫にいったっぽいけど?」
「え? なんで? ここの倉庫の備品を使っていいのかな?」
それはそうなんだけど、本人に聞いてもらいたい。
そうこうしているうちにも時間は過ぎていく。もうあと数分で決勝が始まっちゃうし、もう、あとで絶対にとっちめてやるんだから!
もちろん、マネージャーの仕事をサボったことをね……。
**――**
情事に耽ってすっぽかした等と知れたら……と思いつつ、グラウンドへと向った。
どうやら倉庫を出た頃には女子八百メートルの予選が終わっていたらしく、決勝のアナウンスが流れていた。
四百メートルトラックに一列に並ぶ選手達。色とりどりのユニフォームの中に里美を探す。けれど前にいる観客のせいでそれも出来ない。
遠く方で空気砲の合図がした。それと同時に周りが一斉に湧き立つ。
歓声と爆音に驚きながらも、紀夫は人ごみを掻き分けて前に出る。
青のユニフォーム、黄色のユニフォーム、そして……赤のユニフォームには見覚えがある。最近毎日洗濯させられていたものを見間違えるはずがない。
里美は今七、八人に抜かされている。せっかく決勝に進んだのだ。入賞してもらいたい。そしてその労をねぎらってあげたい。
「里美! がんばれ!」
ショートカットの髪が揺れたのが分かる。遠目にその表情は見えないが、それでも自分の応援が届いた気がするのは自惚れではない。
ただ、彼女らが走りぬけた後、思わず呼び捨てにしていたことに照れる気持ちが湧いてきたのだが……。