エンジェル・ダストG-2
「残念だが、おまえらの思惑通りにはいかんよ」
その瞬間、恭一は宮内の襟首を掴むとふ頭の海へとダイブした。 飛ぶと同時に、ジグザウエルは乾いた発射音を響かせた。──辺りに知らせるために。
「クソッ!」
男達は慌てて岸壁に近寄ると海面を覗き込む。月明かりも無い状況では波音は聞こえても、海面すらどこか分からない。
ひとりの男が拳銃を構えて数発撃った。S&W社製MK‐22はわずかな発射音を上げ、海面を弾丸で貫いた。
「やみくもに撃つなッ!ノクトスコープを持ってこい」
ノクトスコープ──暗視装置の意。
そんなモノを常備するのは、陸自の一部々隊や警察の特殊隊など限られた者だけだ。
男達は、小型のビデオカメラより、ひと廻り小さな装置を3点ベルトで片眼に取り付けた。
わずかな光を増幅させ、暗闇でも識別出来るほどに明るく見せる。
全員が装置を介して海面を覗き込む。だが、辺り一面、何処にも人らしきモノが見つからない。
「この寒さだ。やつら沈んだんじゃ…」
2月の夜。海中の水温は10℃足らずだろう。こんな状況下では筋肉が冷えて動かなくなる。
まして着泳となれば、抵抗が増えてなおさらだ。
男達はしばらくの間、海面に目を凝らしていたが変化は見られなかった。
その時だ。ふ頭の向こうからサイレンの音と赤い光が近づいて来た。
「パトカーだッ、退くぞ!」
男達は慌てて岸壁から離れると、クルマに飛び乗った。
「テメエがぶっ放すからだッ!」
「サイレンサー内蔵のMK‐22だぞッ!聞こえるわきゃねえだろうがッ」
「ぎゃあぎゃあ喚くなッ!さっさと出せッ」
男達を乗せた2台のクルマは、アクセルをいっぱいに踏み付ける。
強いホイールスピンに伴うタイヤの軋み音とスモークを残し、クルマはパトカーと入れ替わるように闇へと走り去った。
「…おそらく、松嶋の撃った音で通報されたんだろう。まったく、どこまでも運の良いやつだ…」
それは五島の仕業だった。予めルノー4にGPS発信機を取り付け、止まった位置を確かめると警察に通報したのだ。
ふ頭に残されたルノー4。所轄の県警は、クルマや連絡不通などの状況から持ち主が海に落ちたと判断した。
そして、翌日からダイバー等を投入してふ頭周辺の海中を捜索した。が、死体は確認されることなく、恭一と宮内の姿は忽然と消えてしまった。