想-white&black-D-1
結局楓さんはそのまま部屋を出ていってしまった。
一人きりになった私はしばらく動けずに天井を見つめていた。
あんな目にあってまでここにいる意味はあるんだろうか。
楓さんにうまく言いくるめられているだけなんじゃないか。
(でも、確かに行くところはないんだよ、ね……。)
胸に迷いを抱えたままベッドにうつ伏せになると、シーツに付いた自分のものではない香りとまだほんの少しだけぬくもりが残されている。
それは昨日の夜を思い出させて、またあの強く熱い腕に抱かれているような錯覚を起こさせるのだった。
しばらくその香りに包まれていると、私はまた眠ってしまっていたらしい。
今までの疲れがたまっていたのかただひたすら眠り続けて、気がつけばもう外は暗くなっていた。
寝過ぎたせいか、頭や身体が何だか重く感じる。
こんなにたっぷり睡眠をとったのは久しぶりかもしれない。
ふと身体の上に毛布がかけられているのに気付く。
眠っている間に誰かがかけてくれたのだろうか……。
辺りを見回してみるが時計らしき物はこの部屋にはないみたいだった。
携帯も手元にはなく時間が分からない。
仕方なく私はベッドから出ると、何気なくバルコニーに通じる窓を開いてみた。
真冬の冷たい空気に身体が震える。
「やっぱり寒いな……」
ぽつりと独り言をもらし、窓を閉めて上にカーディガンを羽織ると部屋を出てみることにした。
部屋で一人じっとしているのも何だか落ち着かない。
身体はまだ痛みを感じていたが、だいぶ落ち着いてきたようだった。
廊下に出ると辺りはシンとしていて、誰の気配も感じられない。
ここは広いお屋敷にも関わらず、使用人のような人達は最初に顔を合わせた人達だけだと聞いた。
複雑な造りではなさそうだが、こんなに大きくて広いと普通に迷ってしまいそうになる。
あちこちを見回しながら廊下を進んで行くと、突然後方から声がした。
「お目覚めですか?」
誰もいないと思っていたところに声をかけられ、驚いた勢いのままに振り向くとそこには黒いスーツを纏った若い男の人が立っていた。
「屋敷内をうろつくのはあまり感心しませんね」
若いと言っても私よりは年上らしく二十五、六歳くらいのように見える。
薄茶色の背中まで伸びた長い髪がサラサラと揺れ、冷たさを帯びたフレームの奥に見える切れ長の目が印象的だ。