特別な色の華-9
「私は、良くも悪くも誰かと同じなのは嫌だ。
いつも、どんなに打たれても出る杭でいたいの。」
どこか誇らしげに言って、華子は俊樹の呆れ顔を満足そうに見た。
「そういうこと。私は、ただ身勝手であまのじゃくなだけ。」
「じゃあなんで朝松下に挨拶したんだよ、あれも必要だったわけ?」
華子は食い下がる俊樹に驚いたような顔をする。
「決まってるでしょ?周りの人が『松下に挨拶しないだろうな』って顔をしてたからよ。」
「お前のことなんか誰も見てないよ。」
「酒井は見てたじゃん。」
勝ち誇ったようにきっぱりと言う華子に、俊樹は軽く舌打ちした。
こいつ本当にムカつくな。
俊樹はもう一度空を見る。
どんよりと漂う雲の向こうには青がある。
明日は華子が嫌いな快晴だといいな、と俊樹は思った。
***
ある朝、俊樹は気付いた。
ここ最近、目覚めてから自分の顔を確認していない。
毎朝、半ば怯えながら必死で自分の為の顔をつくっていたのに。
いつの間にか忘れてしまっていた自分に動揺を隠せず、俊樹はすぐに鏡に自分を映した。
こんな奴、知らないな。
自分でつくっていた自分ではない。
自分が怯えていた自分でもない。
俊樹の目の前にいる男は、ゆったりと時を過ごしているようで、穏やかな雰囲気を漂わせていた。
お前は誰だ?
毎日毎朝俺がつくったお前の諦め混じりの暗い顔が、どうしてこうも変わったんだ、と俊樹は男に尋ねる。
男は俊樹に、分かってるだろう、と言った。
『酒井は私が何しても影響受けない。だから、気に入ってるの』
俊樹は華子の言葉を思い出し、思い出してしまったことを後悔した。
こんなことを思い出してしまったら、俺が例え変わっても変わらなくても、あいつに影響を受けたことになる。
ずるい、あいつはいつもずるいよ。
俊樹は鏡の向こうに佇む男を見た。
男は、なぜだか少し寂しそうに笑った。