特別な色の華-8
「あのさ、」
俊樹の呼び掛けに華子が目線で応える。
「前に川崎達が松下にしてた事、止めたよな?」
「前?」
「『無意味なことやめて』って。」
「あぁ。」
華子はつまらなそうに呟いて、指の先を何気なく見た。
「何の為に?」
いつもははぐらかしてばかりだが、華子は珍しく素直に口を開く。
「それまでは、教室全体でただ知らない振りをしてた。」
独り言を言うような緩やかな口調だが、その目はいつものように、はっきりと前を向いていた。
「たぶん…川崎達がしていたことは全員が知ってたと思うけどね、でも見えない所であったことだから、誰かが『そんなことが起こっていたなんて知らない』って言い訳しても通る状況だった。全員に逃げ道があった。」
華子の横を風が通り過ぎる。彼女の周りの空気は、いつでもふんわりと軽い。
「でもあの時、松下がされていたことが完全にクラスの周知の事実になろうとしてた。誰も『知らなかった』と言えなくなる。…全員が知ってる、っていうことを無意識でも全員が認識したらどうなると思う?」
華子は俊樹を見た。
俊樹は少し首を傾げて先を促す。
「みんな逃げ道がなくなって、もう引っ込みつかなくなっちゃうじゃん?
クラス全体が松下を攻撃することになるような気がしたの。」
「だから、止めたわけ?」
「だってそんなの不自然で無意味だし、理不尽だもん。」
当たり前のことのように言って、華子は不満そうな顔をつくる。
「一人じゃクラスメート全員には立ち向かえない、相手と戦うっていう選択肢がなくなる。ね?理不尽。」
俊樹は馬鹿にしたように笑ってみせる。
「お綺麗な意見だな。」
思い切り皮肉を込めて言った言葉はどこかに通り抜けて、華子は飄々としたまま空を見上げた。
「私は誰かを助けたいとか、そんなことを思える人間じゃないよ。」
俊樹もつられて空を見た。
曇り空。
何日も流れ続けて厚く膨らんだ雲がゆっくりと横切っていく。
「あのとき、私もあの場にいたのに、他の奴と同じことをするのは嫌だった。
あんなつまらない空気に組み込まれるのは絶対嫌だったの。
別に松下のことなんか全然好きじゃないし、逆に皆が松下を庇うようだったら、私は松下のこと殴ってた可能性だってある。」
そうかな、お前はそんなことしないんじゃないか?
俊樹は心の中で異を唱える。