特別な色の華-16
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なぜどの学校にも桜の木を植えるのだろう。
俊樹は、絵の中の景色のようにはらはらと落ちてくる桜の花びらを、白けた気分で見る。
卒業式は散々やらされた練習通り、特に問題もなく終わった。
ただ、一人の生徒の奇異な行動を除いて---
『川崎達と田口、私、全部許してるから。』
壇上で卒業証書を受け取ると、突然生徒の方に向き直って華子ははっきりと言った。
『大嫌いだけど、許してる。それで、私のことは許さなくていいから。』
彼女の勝手な行動に慌てて止めに入った担任を一瞥して、予定通りのお辞儀をすると、華子は短い階段を軽やかに降りていった。
華子や俊樹と同じクラスの生徒達はひっそりと目配せをし合い、それ以外の生徒や父兄達は怪訝な表情をしていた。
元の状態に戻さなければいけないと誰もが思ったからか、そんな事があったにも関わらずその後は全て予定通りに進んだ。
川崎や田口の家族はさすがに何かを思っただろうな、と俊樹は一人ほくそ笑む。
---あの日以来、俊樹は華子とほとんど喋っていなかった。
関係が変わってしまったわけではなかったが、いつも通りの俊樹と相変わらずの華子を見ると、互いが安堵のため息を漏らし、それ以上距離を縮めることはなかった。
掌を開くと、俊樹の指を花びらが擦り抜けていく。
華子は桜があまり好きではない。梅の季節が終わりに差し掛かる頃、桜が咲くからだ。
桜が咲くから梅が閉じてしまうのだと、訳の分からない怒り方をしていた彼女を彼は思い出す。
今もどこかで満開の桜に闘志を燃やしているのかもしれないな。
俊樹はふっと笑って華やかな色を見上げた。
---どん、と背中に軽い衝撃があった。
俊樹は、誰かが後ろから自分を抱きしめているのだと、一瞬の混乱の後理解した。
彼が振り返ろうとすると、くぐもった声で「こっち、向かないで」と言われる。
華子だ。
聞き慣れた声をどこか懐かしく感じつつ、俊樹は前を向いた。
俊樹は、彼の腰にしがみつく細い腕に触れようと手を延ばしかけたが、その動きは寸前で止まり自分の顎を撫でた。
「私、本当はそんなに変わった人間じゃないの。」
俊樹の背中に顔を付けているせいで聞こえづらいが、華子の言葉ははっきりと彼を捕えた。
「すごい普通でつまんない人間なの。
騙してて、ごめんね。」
なんて悲しそうな声。
あまりにもつらそうな声。
俊樹はぎゅっと目を閉じて上を向いた。