特別な色の華-14
何があったのか彼女は話さない。
何が起きたのか彼も聞かない。
ただ、目の前の特別な人物と、いつものように過ごしたかった。
華子の憎まれ口が聞きたい。
冷静で無気力な俊樹を確かめたい。
でも-----
弱く傷ついた彼女を、寂しい目をした彼を、互いに心から求めていた。
俊樹は華子のすぐ前まで近付いていって、彼女に手を延ばした。
彼の手が触れようとすると、華子の肩が怯えたようにびくっ、と震えた。
咄嗟の拒否反応に華子自身が驚いたような顔をし、俊樹は拳をぐっと握り締めた。
俺のことも、恐いのか。
悔しさと哀しさとを覚えて下唇を噛み俊樹が手を引こうとすると、今度は慌てて繋ぎ留める様に、骨張ったその手を華子の小さな手が掴んだ。
「…あ、…。」
縋るような瞳で懸命に何かを言おうとするが、その顔に混乱の色を浮かべて俯いてしまった。
震える指で自分の手をぎゅっと掴む彼女の冷えた手に、俊樹の胸の奥が痛んだ。
俊樹は彼女の腰を抱え持ち上げて、フェンスの向こうからこちら側に来させた。
「何、ちょっと…。」
彼の突然の行動に驚いた華子がばたばたと動き、その反動で二人はコンクリートに倒れ込んだ。
華子の瞳が、上に重なって彼女を見下ろす俊樹の瞳と交わる。
「死ぬなよ…。」
なぜこんなことを言っているのか、なぜこんなことをしているのか、俊樹は自分で自分が分からなかった。
華子は彼を泣きそうな瞳で、それでも真っすぐに見つめる。
---その距離は短くなっていき、どちらからともなく唇が重なった。
雨に濡れた唇は冷たい。
触れるだけのキスで、胸が締め付けられるように苦しかった。
華子の顔は俊樹に見つめられるたび、"普通の女"になっていく。
彼はそんな彼女に苛立ちを感じながらも、反面、その姿を心から愛しく思い、もっと目に焼き付けたいと願った。
華子が恐る恐る俊樹の胸に顔を埋め、彼は彼女を強く抱きしめた。
華子の身体は俊樹が思っていたよりもずっとずっと細くて柔らかくて、とても小さかった。
こんなに、こんなに脆いものなのか。
人に触れるのは、こんなに苦しいものなのか。
華子が俊樹の背中にぎこちなく手をまわして、赤ん坊のようにぎゅっと抱き着いた。
彼の耳元で、押し殺した泣き声が聞こえる。