特別な色の華-12
『私のこと待ってるなんて、酒井ってば物好き。』
彼は、今にも現れそうな華子の声を思い浮かべる。
その想像を鮮明にすれば、本当になるような気がした。
---物好きでも何でもいい。早くここに来てくれよ。
俊樹は誰もいない教室で時計を見た。
もう、一時間も待った。
教室の空気が揺れることは-----ない。
「……っ…」
今まで停止していたのが嘘のように、俊樹は勢い良く教室を飛び出した。
人の疎らな校内を、走って、走って、走った。
俊樹の背中を、久しく感じていなかった汗が伝う。
彼の背中にシャツが張り付いて気持ちの悪さを感じても、俊樹は足を止めることが出来なかった。
なんで走ってんだよ。
何必死になってんだよ。
馬鹿じゃねぇか。
いつもの無気力な俊樹が彼の中で自嘲的に笑うが、その自分に反抗するかのように、彼は全力で走り続けた。
…どこにいんだよっ…。
下校時刻はとうに過ぎ、校舎に生徒はほとんどいない。
外を見ると、朝は晴れていたのに、いつの間にか大粒の雨が窓を叩いていた。
膝ががくがく揺れて、俊樹は荒い息で倒れるように廊下に座り込んだ。
俊樹は、どこかですれ違ったのかもしれない、と思い、何もかもが不確かなまま疾走した自分を馬鹿馬鹿しく感じた。
ふらふらと屋上に向かって歩き出したのは、ただの気まぐれだった。
彼が東館屋上の扉を慣れた手つきで開ける、と。
---フェンスの向こう側で、雨粒を身体全体に受ける華奢なシルエットが、俊樹の視線を捉えた。
一歩前にはもう何も無いのに、華子は怯えることもなくただ彼女の好きな雨を感じていた。
天使や妖精の様に羽が生えて、今にもふわりと飛んでいきそうだ、と俊樹はぼんやりと眺めた。
だけど、そんなのは俺のつまらない妄想でしかない。
俊樹は扉を閉め、その背中に向かって歩く。
雨音のせいか、華子はその音にも気付かずに立ったままでいた。
あいつは人間で、飛ぶことなんてできない。
あいつが飛んだら、埃と砂の混ざった校庭に叩きつけられて、痛みと共に一生を終えるだけ---