魔性の仔B-8
「非常識なのは分かっています。ただ、真弥の事で相談があるんです」
「真弥ちゃんの?」
「実は昼間、彼女が居たであろう山村を訪れたんです」
その途端、ドアが開いた。
「山村って…?彼女はあなたが預かっていると…」
惚けたような中尊寺の顔。
「先生にだけ真実を話します。彼女は、この山向こうの山村から逃げているんです」
真剣な顔の刈谷を見て、中尊寺はしばらく黙っていたが、
「…入って…」
刈谷を自室の中へと招き入れた。
「夜分にすいませんでした…」
約30分後、刈谷は中尊寺の部屋から出ていった。が、彼女はドアが閉まると同時にデスクの上に突っ伏した。
あくまで刈谷が導き出した結論だが、真実を知った中尊寺は何も云えなくなった。
ただ、可哀想な子という思いだけが心を支配していた──。
部屋に戻った刈谷。となりの真弥は気づいた様子も無く寝静まっている。
──オレも早く寝よう。明日はこの子を病院に連れて行かなきゃな。
ベッドに潜り込むと、手を伸ばしてナイトランプを消した。
深い呼吸とともに軽い伸びをすると、眠くなってきた。
その時だ。
となりのベッドから小さな身体がムクリと起き上がった。
その気配に気づいた刈谷は、再びナイトランプを点けた。淡い光りに浮かび上がる真弥──そして赤い目。
それは、彼が何度も夢の中で見た光景だった。
「…ど、どうしたんだ?真弥」
思わず声がかすれた。──心の中で恐怖が先走る。
真弥は問いには答えずベッドから這い出ると、ひたひたと彼に近づいた。
慌てて刈谷は身を起こそうとした。が、次の瞬間、真弥の右手が動きを止めた。
「ま、真弥ッ!何を?」
刈谷は胸の上に置かれた真弥の腕を掴んだ。振り払おうとしたがビクともしない。
──こんな身体の…どこから…。
真弥の顔が近づいてくる。刈谷は初めて恐怖を感じた。
「オイッ!どうしたんだッ。真弥、真弥ァッ」
その時、声が聞こえた。
──もう黙って…。
それは耳へではなく、脳に直接入り込むように聞こえた。
「ま、真弥…おまえ…」
真弥はかすかな笑みを浮かべた。──まるで、恐怖に歪む人間の顔を愉しむように。
彼女は刈谷から手をどけると、身に付けたパジャマのボタンに手を掛ける。
赤い目を妖しく輝かせて──