魔性の仔B-6
「そして、あの檀ノ浦の戦いで敗色が濃くなった。安徳天皇は自ら海に身を投げられた。
我らは戦に敗れると、生き残った残党の多くを村に匿い、それまでの生活を捨てて土と山とともに生きることにしたそうじゃ…」
──話が怪しげな方向に傾いてきた。この老人の話は、日本中の至るところにある平家落人伝説に酷似している。
刈谷の中で一気に精気が失せた。
「どうやら、あんたはワシの話を信じておらぬようじゃな」
馬遥遷は、そのわずかな変化を見逃さなかった。
「い、いえ…ただ、同じような話は他でも聞かれますから…」
刈谷は、なんとか切り替えそうとするがフォローになっていない。すると、馬遥遷は赤みを増した顔で深く頷いた。
「あんたの思いはもっともじゃ。ワシとて、若き時分に聞かされた時はにわかに信じられなんだわ」
そう前置きすると、険しい目を刈谷に向けた。
「じゃがな、世には信じられぬことが多々あるもの。現にそなたのとなりに座る鵺尊をご覧なされ。
こやつは古より続く我らの血を色濃く反映しておる」
馬遥遷の言葉に、刈谷は驚きの表情のまま唾を飲んだ。
「では、この日本人離れした容姿は、この地に村が築かれて以来、変わらないと仰るのですかッ」
「左様じゃッ、我らはこの地に根付いて以来、純血を保っておるッ」
──そんなバカなッ!
刈谷は持論を展開して馬遥遷に食い下がる。
「こんな集落単位で近親交配を800年も続けていたと?
そんなことしたら、まともな人間がいなくなってますよ」
しかし、刈谷の必死な言葉を馬遥遷は一笑に伏す。
「それはおまえ達のいう──常識─という考え方じゃ。じゃが我らは違う、これからも血は守らねばならん」
そう云ってから、刈谷に謎めいた言葉を残した。
「おまえがどう思うかは勝手じゃ。じゃが、──真実は時として狭い視野では見つけられない─ものじゃぞ」
そして馬遥遷は座イスから立ち上がった。その動作は最初に現れた時に比べると、かくしゃくとしたモノだった。
結局、取材は途中で打ち切りとなった。
──思わず云ったことで、気分を害したんだろうな。
帰りの道、刈谷はトボトボと歩きながらマズかった点を考えていた。
村の端、杣道にさし掛かった時、後ろを付いて来ていた鵺尊が刈谷に云った。
「もう会うことも無いから云っておく。この村のことは一刻も早く忘れろ」
忠告めいた言葉に、刈谷は思わず振り向くと鵺尊の顔を見た。──悲しげな瞳をしていた。
彼はすぐに踵を返すと元来た道を戻って行った。
刈谷は鵺尊の後ろ姿に深く頭を下げた。