魔性の仔B-5
「…仕方ありませんね。私としては是非とも読者に知らせたいが、やはり住人の意思が第1ですから」
そう云うと、ポケットから携帯とレコーダーを取り出し卓台に置いた。
「電源は入ってません。ここからは私の興味本意で質問させて下さい」
「どうぞ…」
昨今、相手を騙してでもスクープを欲しがる屑ジャーナリストが多い中、正直な態度は好感がもてる。
傍らで眺めながら、鵺尊は刈谷という男が気に入り始めていた。
刈谷の質問が始まった。
「鵺尊さんに伺ったのですが、この村は800年以上前より続いているそうですが?」
「左様。ここは最初、──那の国─というひとつの国を名乗っておりました」
馬遥遷はそう云うと、背後に奉ってある石碑の方を見た。
「時は安元3年──1,177年─に、我らの祖先である鹿原という男がこの地に国を築いて王となったそうじゃ。
その時に領地の入口に立てられたのが、この石碑と云い伝えられておる」
──安元3年…約830年前か。
「近寄って見ても構いませんか?」
「これは現在、我らのご神体として奉っておる物。触らないと約束下されば…」
云われるまま刈谷は近づき、息が掛かるほどのそばで石碑の彫り込みを見つめた。
が、800年の年月に彫りは侵食され、わずかに──那─という文字が読み取れるほどだった。
──何か分かるかと思ったが、無理か…。
刈谷は石碑を諦め、再び馬遥遷に問いかける。
「安元といえば、その3年後に確か源平の合戦が有った頃ですよね?」
探るような目付きで刈谷が訊ねると、馬遥遷のシワだらけの顔に赤みが差した。
「確かに、熊野古道や椎葉村など、この国の各地には源平の戦いに破れた平家の落人を、匿った村が多数にわたると聞いておる。
しかし、我らは違う。記録によれば、那の国は平家と手を結び戦に加勢したそうじゃ」
「それは、北条氏でいう──後家人─のようなモノですか?」
「そう受け取っていただいて結構。我らは、元々狩猟を糧にしていた部族じゃった。が、その技量にほれた時の中納言、知盛様に説き伏せられたのじゃ」
「中納言…知盛?」
「入道相国、平清盛様の四男だ」
話に付いていけない刈谷に、鵺尊から補足が入る。
──時の権力者の庶子にねえ…。
馬遥遷は、最初の口調とは違い明らかにエキサイトしている。
しかし、それを聞いている刈谷は逆に冷めていった。
──いかにもありそうな話だが、こんなモノは歴史の教科書をちょっと調べれば分かることだ。
そんな刈谷の思いを他所に、馬遥遷の言葉は熱を帯ていく。