魔性の仔B-4
「刈谷さん、何をされているのです?」
門の前で立ちすくんでいると、鵺尊から声が掛かった。
「あッ、すいません!」
刈谷は慌てて門を潜り、玉砂利の庭を駆けて行った。
本堂の左隅が住まいのようで、横に2間ほどの広い引き戸を開くと、6畳くらいの土間になっていた。
「あなたはここでお待ち下され。私が長を呼んで参ります」
鵺尊は刈谷を土間に残して屋敷の奥へと消えて行った。
──こんな場所で待たされるとはな…。
刈谷は鵺尊が消えた辺りを凝縮して待つことにした。
──やはり来おったか…。
屋敷の奥、廊下をつたいながら、鵺尊は謀り事が上手くいったと満足の笑みを漏らした。
廊下の先、突き当たりには行く手を遮るように扉が有った。
鵺尊は扉の前で片ひざを付いた。
「長。──例の者─が見えました」
しばらくの沈黙の後、扉の向こうから嗄れ声が聞こえてきた。──分かったと。
「しかし遅いな…」
刈谷が土間に待ち続けて10分ほど経った頃、鵺尊が戻って来た。
──こいつは…。
その鵺尊に手を添えられ、前をおぼつかぬ足取りで歩いて来たのは、予想した以上に年老いた男だった。
「我らが那国村の長、馬遥遷様じゃ、見知りおかれよッ」
鵺尊の厳しく威厳のある声に、刈谷は思わず頭を下げる。
「高文社という雑誌社の人間で刈谷と申します」
馬遥遷は、ほとんど下アゴの無いシワだらけの顔で刈谷を睨め付けると、嗄れた声で優しく云った。
「外からの客など60年ぶりじゃ。さあ、なんの構いも出来ぬが上がられよ」
馬遥遷の許しを得て刈谷は奥の部屋へと通された。
床の間。本来、寺院なら仏壇などが鎮座する場所には、30センチ四方、高さ1メートルほどの石が置かれていた。
かなり古い物か、角は取れて一部は欠けているが、そこには記念碑のように文字が刻まれている。
卓台を間に、馬遥遷は座イスで刈谷は正座で対面した。
「…どうぞ」
鵺尊の給仕により2人の前に湯飲みが置かれた。
「刈谷さん。ワシに分かることはなんなりと答えるぞ」
その言葉に刈谷の緊張が少しは和らいだ。
「馬遥遷様。率直に伺いますが、この村を雑誌に紹介することは許可いただけるでしょうか?」
質問に対し、馬遥遷はしばし黙まると答えた。
「今も申し上げた通り、ここを他所の方が訪れることは滅多に無いのじゃ。
そこに雑誌を見たからと見知らぬ者が、大勢来られては村の影響は如何ばかりのものか…」
やんわりとした拒否の言葉に、刈谷は軽く口唇を噛んで無念そうな顔を浮かべた。