魔性の仔B-3
──あの男の云ったこと、あながち嘘じゃなかったんだな。800年以上はオーバーだが、建物の様式や石垣の造りからすると4?500年は経っている。
刈谷はポケットから携帯を取り出すと、カメラ機能で村の風景をかたっぱしから撮り始めた。
──こりゃ確実だ。議題にすれば、必ず特集を組むに決まってるッ。
最初は村の入口から撮っていた刈谷。が、次第に緩やかに蛇行して回る道を進み入り、被写体に寄って撮りだした。
「…もし、そこのお方?」
突然、背後から声が掛かった。刈谷は慌てて振り返った。
「ああッ、あなたは…」
そこには、昨日、刈谷がクルマに乗せた男が立っていた。
昨日の雲水姿と違い、藍染めの服はインドのサリーにも似た格好で、日本では見た事ない衣装だ。
「昨日はありがとうございました」
男が笑みを向けて昨日の礼を云うと、刈谷は焦ったように頭を下げる。
「ところで、私の村で何を?」
「も、申し遅れました。私、刈谷圭右という者で雑誌社に勤めております」
刈谷はそう云うと、男に名刺を手渡した。
「高文社文芸部…」
「実は、昨日あなたが仰ったことが気になりまして、つい、ここを訪れた次第でして…」
「昨日は私の話を笑っておられたが、納得いただけましたかな?」
男の意地悪な言葉に、刈谷は肩をすくめて恐縮する。
「…す、すいませんでした。さすがに800年以上と云われてにわかに信じられず…」
「いや、よいのですよ。初めて聞いた方は、誰もが同じような反応を見せるものです」
「しかし、見せてもらって己の視野の狭さに悔んでいます。
この存在自体、文化財級の歴史的価値がありますよ」
一転して強い口調で云い放つ刈谷。が、聞いた男はあまり良い顔を見せない。
「ここは人の営みで成り立つ場ですよ。──抜け殻─と等しく思われるとは…」
連綿と繋がる生を感じさせる村と、遥か以前に朽ちてしまい、今はただ見せ物としてのみ存在するモノや建物と同列に見なされた事に、男は気分を害したのだろう。
「付いて来なされ…」
男は刈谷に背を向けると、緩やかに登る道を進みだした。
その先には村1番の大きな屋敷が見えていた。
「ところで、名前を教えてもらえますか?」
刈谷は後ろを歩きながら男に声を掛けた。すると──鵺尊─とだけ返ってきた。
男は、土茶色の壁に瓦吹きの塀の前で振り返った。
「ここは我らが長の住まいだ。あなたを長に紹介しよう」
鵺尊は石の敷居を跨いで門を潜った。刈谷はその存在感あふれる門に圧倒された。
2間──3.6メートルはあろう巨大な門柱と門板。その向こうには15間ほどは楽にある本堂。
──こんな山奥に、どうやってこれだけのモノを建立したんだ?
その立派さにただ、ただ、驚かされるばかりだった。