小悪魔たちに花束を【新天地編】第一章 晴嵐編入(前編)-2
1
真っ黒いスラックスから折り込みが一杯付いた、緑色をベースにしたタータンチェックのプリーツスカートへ。
カッターシャツからブラウスに変えた制服には、エンジ色の短いネクタイを着けるようになってた。
スカートとおんなじ柄の靴下も茶色い革靴も、みんな学院側が指定した制服の一つって言われた時は、ちょっとビックリした。
それは良いんだけど、生まれて初めて穿(は)いたスカートには、まだ慣れそうに無い。
まるでズボンも穿かないでバスタオルを巻いただけ、みたいな不安感がずっとある。
慣れてるからか、女の子たちは良くこんな物を穿いていられるって、ボクは素直に尊敬する。
ボクの周りを歩いてる女の子たちは短くしたりしてるけど、普通の長さでも恥ずかしい気持ちと屈辱を感じてるボクには、とても真似できない。
それにショーツの布地の少なさから来る心細さには少し慣れてきたけど、身に着けたブラがまた違和感の塊(かたまり)だった。
小さなボクの胸を押し上げて、油断するとズレそうになる。
意識してなかったらすぐそこに、腕をもって行きそうになるんだ。
── 身体は完全に女の子なのに、心の中はまだ男の子のまま──
『男を惚れるってことだけは、絶対に有り得ないよね』
ボクは男に抱きつかれたり、お○ん○んを舐めたり、あまつさえボクの中にそれを受け入れる姿を迂濶(うかつ)にも想像してしまい、うすら寒さを感じた。
『でもそうするとボクはレズ。
って言う事になるの……かな?』
これはちょっと、人に言える事じゃないね。
余計なことを考えたばかりに沈んだ気持ちになったまま、ボクと同じ制服に身を包んで歩く姿を見ながら、彼女たちと同じ方向に向かって歩き続けた。
やがて新しい家から歩く事、十五分の距離にその学校はあった。
その敷地の広さに驚きを通り越して、ボクの目は点になる。
中学校と高校を同じ場所に立てるには、ある程度の広さは必要かもしれないけど、広すぎるにも程があると思う。
『いくらなんでもこれは……。
一つの町くらいはあるんじゃないかな?』
額に冷や汗を浮かべつつ、そんな風に思いながら、延々と延びる刑務所みたいに高い壁を見上げていると、不意にその壁が途切れた。
一部を取り払われた壁の端に掲げられていた看板には、こう書かれていた。
私立晴嵐(せいらん)女子学院大学建設予定地と。
『なるほど。
大学まで建てるんじゃあ、丸々町一つ分ぐらいの広さは必要かもね』
ボクは納得してそこを通り過ぎる。
「ちょっと待ちなさい、そこのあなた!」
ボクは何事かと思って、声がした方を振り返る。
そこには今時珍しい黒ブチの眼鏡を掛けた、見事に均整のとれた端正な顔立ちの女の人が、誰でもないボクに向かって指を突き付けていた。
ボクのと同じデザインの制服。
だけどスカートの色が緑じゃなくて、紺色っていうのかな?
暗い青色を基調色にしてるスカートだった。
多分、高等部の人だ。
「もしかして、ボクのこと?」
「他に誰がいるって言うの!?」
彼女はツカツカと近付いてくると、不審な目でボクを見てくる。
「あなたは中等部の生徒でしょう!?
こっちは高等部よ?
どこに行くつもりなの!?」
「え、……ホントに!?」
聞き捨てならないその女(ひと)の言葉に、ボクは驚いた。
「おかしいなぁ。
教えてもらった道順じゃ、こっちで合ってるはずなのに……?」
母さんから手渡された手書きの地図を見ながら、ボクは頭を掻く。
「あなた、もしかして編入生なの!?」
女の人は信じられない物体(モノ)を見てしまった。
って言うみたいな表情(かお)をした。
ボクはそんな反応をして来る女の人を不思議に思いながら、コクリと頷く。
「……ちょっとその地図、私に見せてくれる?」
ボクは言われるままに、持っていたその地図を手渡す。
「ちょっと、これ……!?
いったい、いつの地図よ!?
中等部と高等部の入り口が一緒だったのなんて、私が子供の頃の話よ!?」
女の人は手書きの地図を見るなり、呆れかえった。
「え〜っ!そーなんですかっ!?」
そしてボクは素っ頓狂な声を上げる。
渡した地図にしばらく釘付けになってたかと思うと、彼女はボクの手をつかむ。
「あぇ?」
急に引っ張られたからボクはバランスを崩し、転ばないようにするので精一杯だった。
「私が中等部まで連れて行ってあげる」
不思議に思いながら女の人の顔を見上げると、彼女は優しい表情でにっこりと微笑んでくる。
『そっか……。
片野さんと同じで、困った人を放っておけない性格なんだ』
ズキっ!!
『ははっ……。
今ごろ皆、大騒ぎかな?
当然だよね。
黙ってこっち来ちゃったんだから……』
癒えない心の傷を抱えながら、女の人に手を繋がれたまま、ボクは中等部の入り口まで連れていかれた。