やっぱすっきゃねん!VH-9
「へえ、あの直也が?」
「そう。コーチと同じようなこと云うんだもん。びっくりしちゃって」
澤田家いつもの夕食。テーブルには、オムライスにカツオの叩き、野菜たっぷりの味噌汁という献立。
もちろん、オムライスは佳代が作り、修と2人だけだ。
「さすが直也さんだ。ダメな姉ちゃんの世話までやってんだから」
「ダメって云うなッ」
修の頭に佳代の平手がヒットする。
「痛ってえ…何すんだよッ!」
「人がやる気になってるのに、気分悪くなるよなこと云わないのッ!」
姉弟のいがみ合いが続く中、加奈は強い口調で云い放つ。
「いい加減になさいッ!それ以上云い合うならご飯抜きよ」
云われた佳代と修は途端に静かになった。そんな2人に加奈は優しい笑みを向けた。
「でも佳代。頑張るといっても、具体的な方法は考えてるの?」
核心をつく加奈。佳代は食事を進めながらも困った表情だ。
「…それはまだ。とりあえず頑張ってみようと」
「それじゃダメよ」
娘の言葉を加奈はピシャリと否定する。
「目標を達成するため、自分がなすべきことを具体的に示してやらなきゃ、やってることに満足して成果をあげられないわよ」
元スポーツ・プレイヤーらしい助言。が、佳代にはどういうビジョンでやるべきか解らない。
「ど、どうしたら良いかな?」
加奈に訊ねる佳代の目は必死だ。
「藤野コーチに訊いてみなさい。あの人なら答えを知ってるから」
「分かったッ、訊いてみる」
佳代は、夕食そっちのけでダイニングを後にした。
「はい、藤野ですが」
受話器から聞こえた声は、昨夜同様、爽やかさを感じさせた。
「あの、コーチ…佳代ですが」
「おおッ、佳代。昨日は遅くまで悪かったなあ」
佳代の恐縮した声を遮るように、一哉は快活な調子で言葉を返す。
「それで?どうかしたのか」
「…あの、コーチの指示をもらいたくて…」
佳代は今日のいきさつを一哉に説明した。練習中に永井に云われた事、その帰りに受けた直也の励まし。
そして、自分は立ち直りたいことを。
「私は、もう1度マウンドに立って、あの時の投球をしたいんです。
そのために、どんな練習が必要なのか教えて下さい」
一哉には、受話器の向こうから佳代の必死さが伝わった。
だが、
「佳代。永井さんを信頼しろ。彼の練習方法に従って、自分を磨け。そうすれば、必ずおまえは立ち直れるから」
「コーチッ!」
「いいか佳代。社会人のバッターを詰まらせたおまえだ。オレは何の心配もしていないぞ…」
そう云うと一哉は電話を切った。彼の中では、佳代に伝えたいアドバイスはあった。
しかし、彼はあえて云わなかった。それは、永井や葛城の役目であり自分ではない。
一哉は再び受話器を取ると、ダイヤルを押した。
──何かアドバイスもらえると思ったのに…。
浮かない顔の佳代。だが、その表情は先日までの絶望感はない。
──ああ云ってくれたんだ。間違っていない。
佳代は気持ちを切り替えると、リビングの電話口から再びダイニングに歩きだした。