やっぱすっきゃねん!VH-8
「…オレは1年生の頃から新人戦や練習試合、チームのAB戦で投げてきた。だけど、あんなに緊張したのは初めてだった。
だから、おまえもそうだ。たったひと月半で、ここまで投げられるだけでもスゲえ事だ。
ただ、経験が無かっただけさ」
再び思い出す。直也の事は小学生の頃から知っている。負けん気が強くて熱血漢。
5年生の時からピッチャーをやっていたが、いつも気合いいっぱいで投げていた。
そんな直也が緊張したと云う
佳代は何故だがおかしくなった。
「…?なんだ…突然どうしたんだ」
涙目で笑いだす佳代。直也は、どう接してよいのか分からない。
「…ごめん。ジュニアの大会で、あんたが初めてピッチャーやった時のこと思い出したらさ、おかしくなっちゃって…」
「おまえ、イヤなこと思い出させるなあ…」
直也の顔がわずかに赤らむ。
兄の信也と交替し、生まれて初めて公式戦での登板をむかえ時のことだ。
しかし、3つのフォアボールと2つのデッドボールを与え、4点を奪われてしまい替えられてしまった。
その時、直也は上手くいかないのが苛立たしいのか、悔しさいっぱいでマウンドを何度も蹴っていた。
「だって、そんなあんたから──緊張した─なんて聞くとは思わなかったから」
「オレだけじゃない、省吾も淳も中里も…兄貴だって云ってたんだ。それを悟らせないよう、必死に抑えて投げてんだ」
──コーチの云ってたことは本当なんだ…。
一哉に直也。例えは違えど、自分を励ましてくれることに佳代は感謝する。
自転車が進みだした。
「昨日さ…云ってくれたよね。──最後まで試合を見ろ─って…あれさ、本当はすごく嬉しかった。でも、ごめん。あの時はそんな余裕無かった…」
「仲間にマウンドを譲る時、オレは──オレの代わりに戦ってくれるんだ─って思ってんだ」
佳代は直也の方を向いた。ボサボサ頭に日焼けした横顔が、頼もしく思えた。
「なんだ?」
「なんでもない」
視線を感じた直也は訊いたが、佳代は何も答えない。
それから会話のないまま、校門にやって来た。
「あのさ…」
自転車が止まった。
「私、やるよッ」
「そうかッ」
「いつ元に戻るか分からないけど、やってみる」
ようやく出た前向きな言葉。直也は安堵の顔を見せた。
「おまえがシュンとしてると楽しくねえんだ。オレがケンカ出来ねえからな」
「分かったよ。明日からはいっぱい云い返してやるから」
佳代と直也は分かれた。互いの家へと。その顔はどちらも嬉しそうだった。