やっぱすっきゃねん!VH-7
「きゃあッ!」
「す、すまん。大丈夫か?」
焦る直也。佳代は倒れた身体をゆっくりと起こすと、ジャージに付いたドロを落として直也を見た。
「いきなり何すんのよ?」
「い、いや、おまえが落ち込んでるからさ…」
「そんな事、あんたに関係ないでしょう?」
佳代はハンドルを掴むと飛び乗ろうとする。が、今度は荷台を掴み直也は止めた。
「…関係あるから云ってんだ。この先、おまえが居ないと無理なんだ」
訴えるような言葉に、佳代は再び俯いた。そんな様子に構わず、直也は云い放つ。
「主力メンバーは皆思ってるんだ。これから先、おまえの力が必要だって…」
直也の必死な思いを聞き、佳代の心は一層落ち込んでいく。──期待に沿えない自分に。
「今は始まったばかりだ。けど、県大会、全国大会と続けるうちに、ピッチャーは疲れが溜って思い通りに投げれなくなる。
だからこそ、おまえの力が無いとオレ達は勝ち進めないんだ」
「そんなこと云ったって、ひとつのアウトも取れないんだよッ」
追い込まれ、つい、漏れた本音。直也はそんな言葉に優しく微笑んだ。
「あれは、おまえの本当の球じゃない。気持ちが先走ってたんだ。
おまえが本気で投げりゃ打てないのはオレ達が知っている。それを思い出せッ」
自信に満ちた直也の言葉。聞いた佳代は、何故だか目が痛くなった。
「…でも、今日だって…たった5人しか投げさせてもらえなくて…」
俯いた佳代の目からボタッ、ボタッと涙が落ちた。
──今年こそは─と臨んだ大会。だが、結局、肝心なところで役に立てない。
今日はバッティング・ピッチャーすら必要ないと云われた。
情けなさと悔しさでいっぱいの気持ちが、堰を切って溢れてしまった。
佳代は頭を垂れ、その場で泣き続ける。
漏れる嗚咽を直也は黙って聞いていた。こんな時、どんな言葉を掛けても慰めにはならない。
ただ、見守ってやるべきだと思って。
時間にして1分ほどだろうか、ようやく佳代の嗚咽が落ち着いたのは。
見計らって直也は言葉を投げ掛ける。
「…なあ。おまえはどう思ってるか知らねえけど、オレはおまえがピッチャーへのスタートを切ったと思ってるんだ」
「…ピッチャーへの…スタート?」
佳代はバッグからタオルを取り出すと、目元を拭ってから訊き返した。
「そうさ。1年前、オレは初めて大会で投げさせてもらった。20点も点差をつけてもらって兄貴と交替したんだ。
でもな。いざマウンドに立ったら緊張しちまって、投球練習でバッグネットに届く大暴投をやらかした」
その言葉に佳代も思い出した。暴投の直後、直也にヤジを飛ばして危うく退場になりかけたからだ。
そして、自分にとっても初めて大会に出た試合だった。