やっぱすっきゃねん!VH-4
「こ、コーチッ!」
「やあ佳代。久しぶりにオジャマしてるよ」
佳代の驚きを他所に、建司と一哉は酒を交していた。
「まあ佳代。こっちに座りなさい」
すでに酔って良い気分なのか、建司は笑みを向けると自分のとなりに手招きする。
普通、父親の酒席に呼ばれるのを嫌う娘が多いのだが、酒のツマミが大好きな佳代は、小さい頃から抵抗は無かった。
だが、今日はそんな心境ではない。
「父さん…私、今日はそんな気分じゃ…」
「佳代。そう云わずに座ってくれ」
建司に続き、今度は一哉が声を掛ける。佳代は仕方なくリビングに入り、建司のとなりに座ると俯いた。
「おまえ、もうアイシングは終わったのか?」
佳代はただ、首を振った。
「おまえなあ、ちゃんとアイシングしろって日頃から云ってあるだろう」
「でも…たった4球しか投げてないし。それに、あんなに打たれちゃ…」
いつもなら云わない弱気な発言が口を付く。そんな佳代をたしなめるように一哉は諭した。
「確かに、マウンドで投げたのは4球だろうが、肩を作るのに60球は投げたはずだ。
だったら、アイシングをキチンとやり、次の登板に備えるのがおまえの仕事じゃないのか?」
厳しい言葉に、佳代は一哉を見つめ問いかける。
「コーチッ、本当に私に次が有ると思いますか?」
「マウンドの初球を見た瞬間、オレはダメだと思った…」
すがるような表情が一哉に向けられた。彼は率直な感想を放った後、
「しかし、それはおまえがイメージした投球では無かった。そうだな?」
その言葉に佳代は唖然とする。
「おまえはマウンドの雰囲気に呑まれ、結果、身体に変な力みを生じてしまった」
「…どうして…?」
心の中を見透かされた心境だった。佳代は、いつの間にか一哉の言葉を聞き入っていた。
「佳代。ピッチャーは皆、怖いと思ってマウンドに立っている」
「エッ?」
意外と思える言葉。一哉は佳代を見つめて続けた。
「13年前…全国制覇した時、オレは1回戦から決勝までの5試合すべてを1人で投げきった。
大会中に打たれたヒットは5本だったが、毎試合、毎回、打者を迎える度に恐怖心がオレにのし掛った。」
昔話でもするように懐かし気な表情で語る一哉。
「チーム・メンバーや監督は──おまえの球を打てるヤツはいない─と云ってくれたが、打者を迎える度に恐怖と緊張が止まらなかった。
──いつ打たれるか、いつ叩きのめされるか─そればかりが頭に浮かんだ。
だから、平常心でマウンドに立てるヤツなんていない。──殺らなきゃ殺られる─
そんな思いでオレはマウンドに立っていた…」
甲子園準優勝ピッチャーだった一哉は、佳代からすれば憧れの存在だ。
それほどの実力者が、打者と対戦するのが怖かったと云っている。
「自分をコントロールして投げれるようになったのは、社会人になってからだ…」
──コーチほどの選手でもそうだったんだ。私なんかが最初から上手くやれるはずない…。
佳代の中で、わずかな希望の光が見えた。
「じゃあ、私にもまだ可能性は有るんですね」
「それは、おまえの努力次第だ。自分自身を信じきる心をもって練習を続けるんだ」
ただ慰めて、アドバイスするでない。自らの体験から何をすべきなのかを伝える。
それも強制でなく、あくまで自主を尊重して。