エンジェル・ダストF-9
「知ってらっしゃるんですかッ!」
「ええ。2年近く前でしたかな、気づいたのは」
「いったいどうやって?」
恭一の強い問いかけに、李は黙って肩をすくめるとグラスを指で弾いた。
「感触ですよ。本物は絹のようになめらかな肌触りだった。
しかし、今のは、ほんのわずかですが肌が粗い。これは私の指先が憶えています」
「それでいて始末なさらないのですか?」
恭一が益々分からないと云った口調で訊ねると、李は深く頷いた。
「松嶋さん。私達中国人は──メンツ─を重んじるのですよ」
「……?」
「蘭が偽者と分かった私が彼女を亡き者とした場合、同じ中国人である同業者の間には──李は激昂してパートナーを殺す小心者─と映るのです。
蘭を殺すのは容易いが、私の中でそこだけは譲れないのです」
「…なるほど。国民性の違いとはいえ、なんとなく分かりますよ」
そう答えた恭一は、再びグラスを傾けると身を乗り出した。
「だったら李さん、この蘭の件は私に任せてくれませんか?」
「しかし、松嶋さんも──例の件─で忙しいでしょう?」
提言を断ろうとする李に対し、恭一は右手を差し出して遮った。
「そんな心配は無用ですよ、李さん。これは今回の件にもリンクしてますから、解決イコール蘭の無力化に繋がるんです」
「そう云っていただけると有り難い。正直、どう解決しようかと思案していたんです」
話の展開に李は、気を良くしたようだ。
「任せて下さい。最終的には彼女は──ハンドラー─の手によって亡くなる予定ですから」
ハンドラー──彼女の上司、上官の意。
恭一の口は、まるで楽しい旅行の日程でも述べるように、──偽者の蘭が消されるように仕向ける。─と云った。
「…よろしくお願いしますよ」
「もちろんですよ。李さん」
2人は再びグラスを傾けた。
李は一気に飲み干すと、強く息を吐いて空のグラスに酒を満たしながら、──ところで松嶋さん─と話を切り出した。
「何です?」
「あの日、何故、私を捕らえなかったんです?」
あの日──4年前。恭一が公安を辞めるきっかけとなった日。
質問の変わり様に、恭一は一瞬、苦い顔に変わったが、すぐに柔らかな笑みを李に見せた。
「…最終的には、あなたの──外交的立場─から判断して……」
「松嶋さん。そんな公安のインフォメーションなら当時の新聞からの情報で充分でしょう。
私はね。あなたの本音が訊きたいんですよ」
──李は酒に酔ったのだろうか?それとも酔ったフリをして、相手のガードを下げさせる魂胆か?
恭一は後者だと思ってごまかす事も考えたが、それを止めた。
まがりなりにも、自分と五島は李の保護によって生き長らえている。それに、間宮や宮内の件もあるからだ。
恭一はありのままを話すことに決めた。