フライング-3
なんと情けないことか。
やり直せるなら今度は闘いたい。
何とか緋鞠を助けてやりたい。
樹はたまらずに上空に戻り、再度6郎を呼ばわった。
だがしかし、鈎波は何度呼んでも姿を表さなかった。
そこへ、樹の様子を見かねたのか見知らぬ少年が声をかけてきた。
「この世界から逃れる方法を知りたいのか?」
見知らぬ少年の言葉に目を輝かせ、頷く樹。
「前に鈎波が言っているのを聞いたんだけど、鰐の像の口の中に飛び込んで鈎波の捧げた時計を見つけられれば、自分の時間を巻き戻して元の世界に戻ることが出来るって……。だけど、それには目に見えるものだけを信じていては駄目だって」
目に見えるものだけを信じるな。
樹はそう呟くと、教えてくれた少年に礼を述べ、天高く飛び出した。
「これで良かったの、鈎波さん?」
残された少年が呟くと、その足元から鈎波が姿を現した。
「彼がこの世界から出たいと言うのなら、それは彼が選んだ道だ」
そう言って少年の頭を撫でる鈎波。
「君もこの世界から出たいかい?」
鈎波の言葉に、頭を振る少年。
「僕には向こうの世界は辛すぎる」
頷く鈎波。
「私にとっても、だ」
鈎波や少年の感慨も知らず、天に舞い上がった樹は、鰐の像に辿り着こうと必死に空を飛んだ。
しかし鰐の像はいくら飛んでも近づいてこない。
余程大きくて遠くにあるのか。
しかし、樹はハッと気が付いた。
「目に見えるものだけを信じていても駄目。鰐が遠くに見えるのは、僕の心に恐れと戸惑いがあるからだ」
目を閉じる樹。
心を落ち着けて改めて目を開くと、鰐の像は目の前にあった。
「飛べぇっ!」
樹は力の限り叫ぶと、鰐の口に飛び込んだ。
その瞬間、微かに時計の針が動き出す音が聞こえた。
終。