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フライング
【ファンタジー その他小説】

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フライング-2

 樹はまだ聞きたいことがあると慌てて鈎波を追いかけようとするが、バランスを崩してあらぬ方向へと飛んでいく。
 もがいてもままならず、ビルにぶつかると思った瞬間、体がすり抜けて見知らぬオフィスに飛び込んだ。
 気ぜわしく働く会社員が樹を踏みつけるが、やはりすり抜ける。
 子供の国に来たと言うよりは、単に幽霊になって彷徨っているだけだろう。
 それでも樹は退屈しのぎにとふらふらと遊び歩いた。
 あちこち遊び歩き、次第に体の使い方を覚えていく樹。
 気持ちや思いが動きに反映し、空腹感は無いが動き続けると体が重く感じる。
 動きが重くなると休めば回復するが、気持ちが沈むと回復しにくくなる。
 この世界に来て最初に見た子供達は気持ちの回復を待っていたのだろう。
 人の見られない物が見られ、秘密を知ることは楽しく、樹は色々な場所を見て歩いた。
 しかし、次第に虚しさを感じるようになる。
 何を見ても、人と関わりの持てない今の境遇では意味が無い。
 しかし、それは恐ろしい事態を招くこととなる。
 何事にも興味が持てなくなり、気持ちを維持出来なくなると体が動かなくなるのだ。
 元より人の関わりを拒絶した子供達は逃避することが多い。
 樹が最初に見た子供達は単に回復を待っていたのではなく、動けなくなっていたのだ。
 樹は思い立ち、鰐の見下ろす場所に戻った。
 そして6郎を大声で呼ぶ。
「鈎波6郎さん。鈎波さん!」
 呼んだところで鈎波が現れる保証も無いが、不安が樹を駆り立てる。
「鈎波!6郎!」
「やれやれ、人の事を大声で呼び捨てとは、失敬なお子だ」
 足元からひょっこり顔を出す鈎波。
「か、鈎波……さん。この世界から出る方法を教えてくれ、いや、下さい」
 樹の質問に、鈎波は不思議な笑みを浮かべた。
「この世界から出る?どうして?煩わしい人付き合いも無いし、病気や怪我も、飢えも無い。こんな素晴らしい世界は無いじゃないか」
 首を傾げる鈎波に、樹は何も答えなかった。
「そもそも君は死にたかったんじゃないのかね?」
 樹の顔が苦悶に歪む。
「僕はこんな世界は望んでいない」
 樹はそう呟くと、失意のまま下界へと落ちていった。
 何時しか、樹は懐かしい町を浮遊していた。
 良い思い出など何一つ無いというのに、どうしてこの町に戻って来たのか。
 家に帰ってみようかと思うが悲しんでいるだろう両親の顔を見る勇気は無い。
 すると、咄嗟に脳裏に浮かんだのは緋鞠の顔だった。
 樹は緋鞠に会いたくなり、まだ授業中であろう母校へ向かった。
 案の定、学校では緋鞠が黒板に向かっていた。
 しかし、驚いたことに緋鞠の机は薄汚い中傷の落書きでいっぱいだった。
 見ると緋鞠の持つ教科書もナイフで切り裂かれたかのような跡がある。
 不信に思った樹はそのまま教室の様子を窺った。
 すると、樹は緋鞠が苛めに合っているところを目の当たりにした。
 授業中に靴を隠されたり、弁当箱に泥を入れられたり。
 樹は緋鞠を助けてやりたいと思ったが、声は届かず、手はすり抜ける。
 しかし、緋鞠は樹が思っているよりずっとしたたかであった。
 何をされても歯を食いしばり、ひたすら耐え続ける緋鞠。
 健気な緋鞠の様子に義憤を覚える樹だったが、それ以上に自分自身の軟弱さ、無力さに怒りがこみ上げてくる。
 自分は苛めに立ち向かおうとせず、自分よりもか弱い緋鞠に拒絶されたと非難の目を向ける。


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